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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
世界と理と
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過ちは後悔すら殺す

 エニシとユカリは社務所ではな婆と待機していた。零子が1人で帰ってくる可能性も考えて、此処で待つのも重要なことである。しかし、エニシとユカリは零子がいなくなった原因が自分たちにあると思い、待っているのが辛く、もどかしかった。

「ねえ、ユカリ……」

「……うん」

 はな婆が帰ってきた式神たちの報告を外で聞いていて、社務所の中にいるのは2人だけだった。

「僕たちのせいだよね? かくれんぼしようなんて言わなかったら、ぜろ子ねーちゃんは……こんなとこで待ってるだけなんてやだよ」

「私も同じ気持ち。私とエニシにはぜろ子さんを見つけなきゃいけないって責任がある」

「そうだよね。じゃあ……」

「行こう」

 エニシとユカリははな婆がいる玄関口を避け、裏手からこっそりと出ていった。はな婆が2人がいないことに気付いたのは、何の成果もなかった式神たちの報告を聞き終えて、再び捜索に向かわせた後である。

 居間に戻ると、もぬけの殻になっていて、すぐに事態を察した。

「大人しく待つことも出来んのか」

 はな婆は2人を追いかけようと急いで外に戻ろうとする。玄関を開けると、社務所の前に見知らぬ男が立ち塞がった。

「悪いが、急用が出来てのう。境内は自由にうろついて構わんから、用は今度にしとくれ」

「そうはいかない。こっちはさっさと邪魔者を排除したいんだから」

 男はすかさず銃を取り出し、はな婆に向けて発砲した。静かな街にそぐわない乾いた銃声が何度も鳴った。



 エニシたちは住宅街を闇雲に走った。元々、人通りの少ない場所だが、平日の昼間ということもあり、一層人の気配はなかった。

「ぜろ子ねーちゃーん! どこだよー、ぜろ子ねーちゃーん!」

 エニシの叫びに返ってくるものはなかった。それでも何度も何度も、エニシは零子の名を呼んだ。

 エニシの真っ直ぐな願いが通じたのか、零子は程なくして見つかった。しかし、それは幸運と安堵を含む発見ではなかった。

「あっ、エニシ、ユカリ!」

 零子はいつもと変わらぬ笑顔を見せた。その傍らでは異様な雰囲気を醸し出す男がエニシたちを見つめていた。

 その男の正体がなんなのかは知る由もなかったが、エニシたちは本能的に男が危険な人物であると察知した。

「ぜろ子さん、こっち来てください!」

「うん」

 ユカリに言われるがまま零子は2人の下に行こうとするが、男がそれを許さなかった。零子の腕を掴んだまま離さず、近づかせようとしなかった。

「古錦さん、見つかっちゃったから、かくれんぼは終わりだよ」

「うっせえぞ、黙ってろクソアマが!」

 古錦は零子の顔を容赦なく殴った。その後、腕を強く引っ張って地面に叩きつけるようにして投げ飛ばし、加減をせずに踏みつけた。

「人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって! てめえは俺様に感謝しなきゃなんねえんだぞ? 言えるか? お礼をよお。殺さないでくれてありがとうって! 死なずに済んで嬉しいなって、言えよ! 死にたくなけりゃ、死ぬほど媚びろよ! 女だろ?」

 古錦の狂気じみた言動に、エニシとユカリは恐怖し、絶句した。この男から零子を取り戻さなければならないと考えると、足がすくんでしまう。しかし、零子を助けられるのは自分たちしかいない。未知の恐怖を振り払ったのは、零子を助けたいと思う気持ち。感情を分かち合える故に、不安を和らげ、勇気を増大させることが出来たから、エニシとユカリは立ち向かえた。

 リンク状態になったエニシとユカリは、雄々しく燃え盛る火球を発現させ、古錦に向けて射出した。零子を嬲るのに夢中になっていた古錦だったが、気配に気付いて振り向く。しかし気付いた時には火球は眼前に迫っていて、古錦の顔に滞りなく直撃した。

 熱く燃える顔面から苦痛の叫びが聞こえ、のたうち回る姿は酷く醜かった。エニシとユカリはその有様にすら恐怖したが、臆する暇もあるまいと2撃目の火球を放った。

 もがき苦しんでいる古錦への追撃は容易に決まると思われた。しかし古錦は突然、すくと立ち上がり、指先からエニシたちの放ったものと同等の火球を射出し、相殺させた。古錦の片手にはいつの間にか赤いメダルが握られていた。

「クソガキのくせに理使えんのか? 怖え時代になったもんだ」

 古錦は顔を軽く払うと、覆っていた炎は一瞬で消え、火傷1つ付いていない不快な顔が再び現れた。

「ガキは怖えなあ。遠慮もなければ加減も知らない。相手を思いやれねえから、衝動的に殺そうとするんだ。それを咎めてやるのが大人の役割だな? しょうがねえ、この俺様がお前らを大人の階段三段飛ばしで上らしてやる」

 古錦は舌なめずりをして、ゆっくりとエニシたちの方に歩き出した。

「ユカリ」

「うん」

 ユカリは源石を両手に1つずつ持った。右手に持った土の源石から理を引き出すと、その力はリンクを通してエニシに流れていく。土の理により力を漲らせ、エニシは果敢に古錦に突撃していった。

「まずはお前の方からか。だが理も使わずに突っ込んでくるのは賢くねえ……なっ!」

 油断をしていた古錦の腹に、土の理で強化された拳がめり込んだ。蹌踉めき頭が垂れた古錦にエニシは跳躍からの踵落としをお見舞いした。

 後頭部に直撃したそれは古錦に多大なダメージを負わせたように見えた。膝をつき動けなくなった隙に、エニシは零子の救出を試みた。しかし、古錦がエニシの腕を掴み、尋常ではない力で投げてユカリの下に送り返した。

「いってぇ……理使ってんじゃねえか。ガキだと思って油断してたな、俺。分かったよ、ちゃんとだ。ちゃんとやろう」

 古錦は独り言を呟きながら立ち上がった。ユカリはエニシは抱え起こして、耳元で囁く。

「焦っちゃダメ。相手も理使いなんだから」

「分かってるよ。でも、2対1で僕達のほうが有利なんだ。ガンガン攻めまくらなきゃ。タネがバレない内に、騙し攻撃で終わらせよう」

 ユカリは小さく頷くと、土の源石をしまって左手の水の源石を右手に持ち替えた。エニシも風の源石を取り出し、再び古錦に立ち向かった。

 エニシは接近しながら右手を古錦に向け、射出の構えを取った。見え見えの攻撃動作に、古錦は迎撃する。エニシの左手にある風の源石を視認して火球を射出した。

「へへっ、やっぱりね!」

 エニシはそのまま掌に集まった理を射出した。射出されたのは風の理、ではなく水の理だった。

 水弾が火球を弾き古錦に向かっていく。寸前の所で躱されたが、古錦の頬は切れて血が流れ出てきた。

「ああ? どういうことだ?」

 流れる血を意に介さず、古錦はエニシを睨み続けた。そうしてエニシにばかり注目している間に、ユカリが死角から攻撃する。土の棍棒を掲げ、古錦の頭部に振り下ろした。しかしそれもまた、命中する前に躱されてしまい、ユカリは無情にも蹴り飛ばされてしまった。

 ユカリへの痛打は同時にエニシにも伝わった。リンクは五感全てを共有するため、片方が痛みを感じれば、何も受けていない方にも同じ痛みが共有されてしまう。エニシは腹を抑えながら、痛みを堪えた。

 エニシもユカリも、苦しみつつ次の攻撃へとシフトする。エニシが水の源石、ユカリが風の源石を持ち、またエニシが古錦に向かっていく。

 古錦はエニシが水の攻撃を仕掛けてくると見て、土の弾丸で迎え撃とうとするが、またしてもその目論見は外れて、風の攻撃が来る。弾丸が粉砕されて、迫りくる風圧に体勢を崩した。

 続けてユカリも攻撃を仕掛ける。水の塊を手の上に浮かべ、投げるようにして射出する。古錦は仰け反りながらも、しっかりとユカリの攻撃は見ていた。慌てた様子もなく、人差し指から土の弾丸を放ち、水塊を破裂させた。それぞれに加わっている理の量の関係から、土の弾丸は勢いが落ちていたが、そのままユカリに直進していき、額に命中した。

 小石をぶつけられた程度の威力ではあったが、打ちどころが良くなかった。痛みと脳への衝撃から、ユカリはふらついてしまった。同様にエニシも頭に衝撃が走り、思いがけない感覚に膝をついた。

 古錦は体勢を立て直し、エニシとユカリを交互に見た。その後、何かを得心したかのように笑みを浮かべ、エニシに近付いていった。

「なーんかおかしいと思ったんだが、そうか。そういうパーソナルか。互いに理の受け渡しが出来るから、俺様が小僧が持ってる源石に対して有利な属性で迎え撃ったら、小娘の持ってる源石から理を流して、俺様の理に有利な属性でぶち抜くって寸法だ。なかなか賢い戦い方だな」

 エニシは痛みに耐えながら攻撃したが、尽く打ち消された。古錦が目の前に来て、エニシの頭を抑えつけるようして押し倒した。

「だが、良いことばかりじゃないようだ。こうやって、片方を痛めつけてやりゃ、もう片方も同じだけ苦痛を味わう! そうだろ?」

 古錦はエニシの頭をコンクリートに打ち付けながら、ユカリの方を見る。憶測通り、ユカリも頭を抑えて苦しんでいた。その苦悶の姿を見ながら、古錦は狂ったように笑い、何度もエニシの頭を打ち付けた。

「一石二鳥だな、こりゃよお! 能力解除すりゃいいのになあ! それとも出来ないのか? なんにせよ、こんなオモチャそうそうお目にかかれねえ、楽しませてもらうぜ! ヒャハハハハ!」

 エニシの頭からは血が流れ始めていた。意識も薄れていく中、微かにユカリの声が頭に響いた。

「待ってて……助ける、から……」

 ユカリの意識も既に消えかけていた。しかし、半身であり、たった1人の家族であるエニシを助けたいという意志がユカリを突き動かした。

 ふらふらになりながら、理も安定させられず、それでも土の理を体に巡らせ、古錦に小走りで向かっていく。

 エニシに夢中になっていた古錦の背後を取り、飛びかかった。古錦諸共、コンクリートを滑り、エニシを解放することに成功した。しかし、それで全ての力を使い切ってしまった。

 古錦は立ち上がり、瀕死のユカリを見下ろす。不気味な笑みを浮かべると、ユカリの小さな頭を片手で捉え、持ち上げた。

「ガキのくせにとんだ精神力持ってやがる。そんなお前に敬意を表し、小僧は生かしてやろう。だが小娘、お前は死ね」

 古錦はユカリを軽く投げた。宙に浮いたユカリに人差し指を向けて、わざとらしく擬音を発した。

「ばーん」

 その声と同時に、ユカリの頭がはじけ飛んだ。辺り一面に鮮血が飛び散り、狂気に満ちた笑い声が轟いた。

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