姫と后と晩餐
杏樹を除く屋敷の住人にとっては、突然の来客は迷惑でしかないだろうと思っていたが、そうでもないらしい。夕食は花凛の分も用意されていたし、メイドやらシェフやらも特に動じている様子は見せなかった。
夕食の内容については語るまでもなく、一般家庭に生まれた花凛にとっては、おそらく二度と食すことが出来ないであろう豪華な料理がずらりと並んでいた。花凛はそれらの料理を前に、銀のナイフとフォークを持ったまま固まっていた。
「遠慮なんかしなくていいから、どんどん食べちゃってね」
杏樹の母、エリカは砕けた口調で言う。花凛が受けた衝撃の中で一番大きかったのはこのエリカである。如何にもお嬢様な見た目と振る舞いをする杏樹とは正反対に、親しみやすい性格と少女のような(というより少女そのものの)あどけなさを持っている、とても大富豪の家人とは思えない雰囲気を醸し出していた。
花凛はエリカに促され、慣れない手付きで料理に手を出す。一口食べると後は早いもので、美味たる料理の虜となって手が止まらなくなっていた。
「ふふっ、美味しそうに食べてる。杏樹から聞いてた通り、すっごくパワフルな子だね」
花凛は食べる手を止めずに、会釈して返した。それを見て、エリカは大笑いした。
「お母さま、そのように大きな声を出すのははしたないですわ」
「ごめんごめん、あんまりにも可愛いものだからつい」
何がツボに入ったのか分からなかったが、受け入れられているのは救いだと花凛は思った。大笑いの終わった後も、エリカはニコニコしながら花凛を見ていたが、当人は息苦しさを感じることもなく、時おり微笑み返しながら食事を楽しんだ。
夕食を食べ終えると、食後のデザートがやってきた。それを味わいながら、エリカは色々と花凛に聞いてきた。
「花凛ちゃんの髪って地毛? へえ、染めてるんだ。すごい似合ってるよ、とっても可愛い。いつ頃から染め始めたの? ああやっぱ高校入ってから。中学はどこだったの? 浦野の方かあ。じゃあお家もそっちだよね。なるほどねえ」
エリカは紅茶を一口飲み、一呼吸を置いた。その後もお喋りは止まらなかった。
「杏樹のお友達が遊びに来ることなんて初めてだから、興奮しちゃって。そもそも、お友達の話なんか昔はしなかったのに、最近は良くしてくれてね。花凛ちゃんもそうだし、ぜろ子ちゃん? って子の話もしてくれるの。なんだったら、ぜろ子ちゃんも呼べば良かったのに」
「ぜろ子さんにも色々と事情があるのです。またの機会にお招きしたいですわ」
「そうだね。どうせ、しばらくの間、学校はお休みだものね」
「休み?」
花凛が口を開いた瞬間、杏樹は花凛の足をわざとらしく踏んだ。花凛は杏樹の方を見ると、黙っていろとばかりに睨んでいた。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでも……休み……嬉しいなって、あははは」
「不謹慎ですわね、花凛さんは。学校が休みになったのは不審者が校内に侵入して暴れまわって色々と壊されてしまったからなのですよ? 幸い怪我人はいませんでしたが、施設の復旧と生徒たちの心のケアのために休みが与えられたのですから」
杏樹は説明口調で花凛へ暗に状況を伝えた。どうやら、あの戦いの爪痕は学校自体に多大な被害をもたらしていたようだ。
「でもこうして休みがあるから、花凛ちゃんもお泊りしてくれるんだし、悪いことばかりじゃないよね?」
「え、ええ!? うん、そうそう。良かったなー休みで。楽しいお泊りだー、あははは」
いつの間にそんな話になっていたのだと、杏樹に視線を送るが、特に反応はなく、紅茶に浸っていた。まあ、花凛が御門邸にいる理由付けとしては真っ当ではあるため、文句はなかったが。