『あなたとあたし』
学校帰り、友達とおしゃべりをしながら歩く。いつもの帰り道を、楽しく過ごす。
おしゃべりに夢中になってるけど、公園を横切る時だけは違った。ジャングルジムの前、またあいつらが頼人をイジメていた。
「ごめんね、さき行ってて」
みんなにそう言って、あいつらの所に走っていった。今日は頼人を取り囲んで砂を掛けているみたいだ。頼人は男のくせにびーびー泣いてるだけだった。
「コラ、頼人をイジメんな!」
「うわ、出たよ、ゴリラ女だ」
「なんだよ、おれたちは楽しく遊んでるだけだよ」
「そうだそうだ、お前には関係ないから帰れよ」
「かーえーれ! かーえーれ!」
帰れの合唱が始まった。その中に頼人の泣き声も混じっていた。何もかもがイライラする。
「うっさい! うっさいうっさい、うっさーい!」
イライラが爆発して、なりふり構わず殴った、蹴った。
イライラがなくなった頃には、あいつらはいなくなっていた。取り残されたのはあたしと、頼人だけ。涙を拭う頼人の手を引っ張って立ち上がらせる。
「だいじょうぶ?」
心配をするけど、形だけ。いつものことだから。
「うん、ありがとう」
お礼を言うけど、全然心がこもってない。いつものことだから。
「じゃ、あたしみっちゃんたち待たせてるから」
「うん……あっ!」
頼人はあたしの後ろを見てた。さっきまで泣きじゃくってた顔は明るい笑顔に変わった。
振り返ってみると、あたしも「あっ」って声が出た。あたしの大好きな人、頼人のお母さん、幸子おばさんだ。
買い物袋を片手に、こっちを見て手を振ってる。あたしも頼人も幸子おばさんのところに走っていった。
幸子おばさんはとっても優しかった。優しくてほんわかしてて、一緒にいるとずっと笑っていられる、素敵な人だった。
あたしのお母さんと違って怒らないし、頭をよく撫でてくれて、「花凛ちゃんは可愛いね」って言ってくれるからとっても大好きだった。
「あら、頼人くん、砂まみれだね。どうしたの?」
「ちょっとはしゃいじゃったんだ、へへ」
頼人はおばさんの前だと平気で嘘をつく。あたしは逆だ。この人にはあたしの本当のことを知ってほしかった。
キラキラしたものが好きだったから、アクセサリー屋さんになりたいって思ってた。でも、自分が乱暴で男っぽいことは分かってたから、みんなには言わなかった。バカにされるだけだし。
でもでも、幸子おばさんにだけは教えた。あたしの全部をほめてくれる人だから、もし言ってもバカになんかしないって信じてた。
思った通り、おばさんはあたしの夢を応援してくれた。「花凛ちゃんならなれるよ、絶対に」って。あたしはうれしくて照れくさくて、ずっとニヤニヤしてた。おばさんのことがもっと好きになった。
頼人の家に遊びに行くと、ゲームばっかりする頼人をほっておいて、幸子おばさんに遊んでもらった。遊びっていうよりも、おばさんが料理したり、お菓子作ったり、編み物したりするものをそばで見てるだけ。たまに教えてもらって手伝ったりするけど、うまく出来なくてムカついてくるから、見てるだけに戻る。じっと見て、おばさんの横顔を見て、いいなあって、いつも思う。
だから毎日、頼人の家に行った。
今日もまた、頼人の家に行った。でも、幸子おばさんはいなかった。
「おばさんはー?」
「買い物」
ゲームをしてる頼人の隣に座って、ボーッとしながらおばさんを待ってた。待ってたけど、帰らなきゃいけない時間になったから、仕方なく帰った。
その日の夜、頼人のお父さんがウチに来た。
「幸子がいなくなった」
リビングにいたアタシにも聞こえた。頭が真っ白になったけど、体は勝手に動いてた。
玄関で話してるお母さんと、頼人のお父さんの間を抜けて、外に裸足で走っていった。
頼人の家に行った。中にいたのは泣きわめく頼人と、慰めてる近所のおばちゃん。
泣いてる頼人を見て、本当にいなくなったんだって分かった。おばちゃんがアタシに気付いて話しかけたけど、無視して外に出た。何も分かんなくて、何も考えられなかったけど、幸子おばさんの優しい笑顔だけが頭に浮かんで、それが欲しくて町中を走り回った。
もう走れなくなって、歩くのも辛くなって、その時に見つけた。
幸子おばさんは道の真ん中で倒れてた。
声も出なかった。でも涙がじわじわと出てきて、イヤだイヤだと思いながら、近寄った。
「おばさん……幸子おばさん……」
絞り出した声で呼んだけど、何も返ってこなかった。倒れたまま、動かなかった。
ただただ悲しくて、涙がボロボロとあふれた。いつの間にかおばさんの胸の中で泣きじゃくってた。
その大きな泣き声に気付いたみたいで、大人たちがアタシたちのとこに来た。後ろから聞こえる足音と声で、アタシは泣くのをやめて立とうとした。
立とうとした時、足元に紙があるのに気付いた。トランプくらいの大きさの紙。片面は真っ白でもう片面は竜みたいな模様があった。
「花凛ちゃん、大丈夫かい?」
声を掛けられて、咄嗟にカードをポケットにしまった。分からないけど、そうした方がいいと思ったから。
アタシを気に掛けたのは一瞬で、すぐに倒れてる幸子おばさんに皆の注目が集まった。
救急車が呼ばれて、おばさんは病院に運ばれた。
それからずっと、おばさんは病院にいる。