神鳥降臨
鈍色の鉤爪がフェンスを引き裂き、着地の風圧で花壇の花々が千切れるようにして飛び散る。色とりどりに空を舞う花弁は、巨大な怪鳥の降臨を彩ることは出来ず、その不釣り合いな演出が一層、怪鳥の不気味さを引き立てていた。
怪鳥は黄金色の羽毛が生えた翼を軽く扇いだ。それだけで強風が吹き、戸張は綿のように宙に飛ばされ、コンクリートの地面に体を打ち付けた。その間、怪鳥は菊林に近付いていて、太い嘴を器用に使って、菊林を摘み上げた。
菊林はいつの間にか気を失っているようだった。怪鳥の口元にいて、何の反応もなく、目を閉じて宙ぶらりんの状態になっていた。戸張は菊林に目を向けた後、彼女の体より大きい、海のように透き通った怪鳥の瞳に魅入られた。不気味な存在であるにも関わらず、その瞳を見ていると、何故か安心感が芽生えてしまった。
「矮小なる人間よ」
頭の中で誰かの声がテレパシーのように響いた。その声の主が目の前の怪鳥であると気付くのに時間はかからなかった。
「我は盤古。この娘、菊林小雀の子にして、主である。喜べ、人間。此処まで小雀の感情を引き出させ、傷を付けた勲に免じ、見逃してやろう」
「見逃す? ずいぶん都合の良い見方をするんだ。逃げようとしているのはお前の方じゃないの?」
盤古は戸張の挑発に動じる様子もなく、淡々と言葉を返す。
「我は主。万物の王。矮小なる人間を塵にするなど児戯に等しく、また無意味である。貴様が死を恐れぬ愚勇を信ずるならば、かかってくるが良い」
盤古の言葉は虚仮威しとは思えなかった。それだけの迫力がその巨躯と言動から溢れていたのだ。戸張は返す言葉もなく、唇を噛むだけだった。
「賢き者よ。生き長らえたことを幸運に思え。我が前に貴様の命は二度はない。再び相見えぬことを祈り、生きてゆけ」
盤古の周りに菊林の鳥たちが集まってきた。盤古は両翼を大きく羽ばたかせ、空に戻る。高く、高く上昇しながら、盤古は何処かへ飛び去った。戸張が盤古を意識から引き剥がすことが出来たのは、完全に姿が見えなくなってからだ。
戸張は零子のことを思い出し、振り返る。零子もいつの間にか気絶してしまっていた。慌てて駆け寄り、抱き起こすと、大事には至っていないことを確認し、安堵する。
しかし、完全に安心しきることは出来なかった。零子が見せた、普段とは一変した姿。そして、あの暗く、おぞましい波動。懸念すべき事態が直ぐ側まで来ていることに心を逸らせた。