光は希望を与えない
その女性、琴木英理は曇りのない瞳を頼人に向けた。状況の整理が出来ていない頼人は英理の「答え合わせ」を遮るように疑問を投げかけた。
「あなたは何者なんですか? なんで、あいつを逃したんですか? あなたもあいつの仲間なんですか?」
英理は首を横に振った。そして、まだ何か言いたげな頼人の口に人差し指で蓋をした。
「キミの求める全てには答えられない。でも、誤解は解こう。ボクは彼の仲間ではない。彼を逃したのは、キミのためだ」
英理は頼人が更に混乱する前に言葉を続けた。
「キミは自分のパーソナルがどんなものなのかを理解していない。むしろ、間違った認識をしていると言っていい。まずは、これだ」
英理は掴んでいた頼人の腕を、頼人の目の高さに持ってきた。手首に付いているビーズのブレスレットが少しずり落ちた。英理は頼人の口に当てていた指を離し、その指でブレスレットを優しく摘んだ。
「このビーズのブレスレット、これは単にキミの幼馴染が愛情を込めて作ったアクセサリーではない。このビーズには理源としての力がある。それも特別。『光』という上位属性の理を秘めたものだ。つまり、キミがパーソナルを使えなくなった原因はこのブレスレットがなくなり、パーソナルを発現するために必要な光の理の供給が途絶えたことなんだ」
「ビーズが……でも、このビーズは普通のビーズと何が違うんですか?」
英理は少し口角を上げ、一瞬の間を置いた後、答えた。
「このビーズはオバケケヤキの下に埋められたものだ。あの木の下に埋められたことで、理源としての力を得たんだ。勿論、ビーズだけではない。キミの持っている、あの玩具のナイフ。あれにもビーズと同じ光の理源としての力がある。詳しいことは割愛するが、オバケケヤキにはそれだけの力があった。その恩恵をキミたちは偶然にも受けたということだ」
頼人はタイムカプセルを掘り出した時のことを思い出した。何の変哲もない、日常の一片に過ぎないであろう出来事になるはずだったのに、それが不思議で奇妙な世界に飛び込むきっかけになった。10年も前の自分たちの行いがその世界への入り口を開くものだったとしたら、こうやって戦いの中に身を置くことになったのは必然なのかもしれない、と感傷的になった。
「これが間違った認識の1つ。次はキミの持つパーソナルのことだ」
思いに耽る頼人を、英理は現実に戻した。頼人は伏せていた目を英理に向ける。
「今までキミは自分のパーソナルを『なんらかの力を持った光の武器を生成する』という程度に認識していただろう。だけど、ここでそれを改めなくてはいけない。最初に、光の武器を生成する、という点。これはさっき伝えたビーズの理源としての力のよって光の属性を取り込み、理の技法の1つ、『具象』の技により武器を作り出しているにすぎない。つまり光の武器の生成は、射出や発生と変わらない1つの攻撃手段だということ。ここまでにはキミのパーソナルはなんら関与していないんだ。キミのパーソナルは残る1つ、なんらかの力、という曖昧な認識をしているところ、そこに全てが詰め込まれている」
英理は一呼吸を置き、頼人の顔を真っ直ぐな瞳で見た後、言葉を続けた。
「キミは今まで、その力を使って戦いを終わらせてきた。その力を食らった者たちは、苦痛を味わって悶絶し、暫くすると気を失う。これはキミも分かっていることだろう。だけど、キミが理解していないのはその苦痛の理由。彼らが何によって痛みを覚え、何処に傷を付けられてしまったのか。それを知らなければ、キミはいずれ……いや、たった今、覚悟も出来ないままに人を殺していた」
予想だにしなかった宣告に、頼人は血の気が引いてしまった。英理が再び話し始めようとするのを、上ずった声で遮った。
「な、何を言ってるんですか? 俺が、こ、殺す? 人を? 冗談でしょう?」
英理は否定も肯定もしなかった。ただ、頼人の目をじっと強い眼差しで見続けていた。
「そんな、そんなこと……だって、今までは大丈夫だったのに。誰も、何もなかったんです。確かに痛そうにしてたり、気絶したりしてたけど、その後は皆、正気に戻ってたし……」
「正気……そうだね、その通りだ。キミは確かに悪しき人々の正気を取り戻してきた。それはまだキミの力が未完成だったから。だけど、戦いを続け、経験を重ねていく内に、キミの力は人を殺し得る領域に達した。簡潔に言おう。キミのパーソナルは『心を殺す』という力だ。外傷は一切与えず、その代わりに刃が肉体を貫く度に、人の心、精神、感情を傷つけ、死に至らしめる。キミの光は言わば、『殺光』と呼ぶに相応しい恐ろしく、凄まじいものなんだ」
頼人は英理の話を十全に理解できる状態ではなかった。「殺す」という言葉が頭の中で満ちてしまい、それに意識を持っていかれてしまっていた。一歩間違えれば、あの少年、笹本を殺していたと考えると、ぞっとしてしまう。
殺意を向けられる戦いは多くあったが、自分はそれを持つことはなかった。ただ、自分の力が都合よく気絶させられるだけのものだと思い、それに依存して戦ってきた。その認識が今、完全に否定され、そして、自分が持ちたくもない殺意を持つことを強要されてしまっている。頼人はこれからどうすれば良いのか分からなくなり、その答えを必死になって求めようとしていた。
冷静でいられなくなっていた頼人だったが、自分の頬を優しく撫でる英理の柔らかい手の感触で我に返った。
「大丈夫。怖がる必要も、焦る理由もない。キミは今、自分の能力を知ることが出来た。それだけでキミが、これからの戦いに覚悟を持てる。ボクは悪を滅するための手段に『殺し』は選択の1つとして存在しなければならないと思っている。勿論、それが最善手であってはならないけど、でもその選択を取らなければならない時が必ず来る。その時に、キミの持つ、真に正しい心の下で覚悟と、決意をしてほしい。そして……」
突然、叩きつけるような強風が吹いた。一瞬、大きな影で日光を遮断され、2人は空を見る。しかし、頭上には影を落とした犯人はもういなかった。
「……喋りすぎたかな」
英理が独り言のように呟いたので、頼人は視線を下ろして英理を見た。
「伝えるべきことは全て伝えた。キミの今後の成長を楽しみにしてるよ。それじゃあ、また会おう」
頼人は呼び止めようとしたが、今度は心地良いそよ風が吹き、それが何処からか大量の純白の羽根を運んできて、頼人の視界を奪った。風が止み、羽根も落ちていくだけになり、目の前が見えるようになったが、そこには既に英理の姿はなくなっていた。