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サウズ王国のお月見大会


【サウズ王国】

《第三街東部・ゼル男爵邸宅》


「月見をしましょう」


急にそう言い出したスズカゼを前に、居間で珈琲を嗜んでいたゼルは硬直する。

後ろでメイドがお月見とは? と首を傾げているが、ゼルの内心はそれどころではにない。

まずスズカゼの提案という時点で何が何でも阻止すべきなのだ。下手をすれば何が起ころうとも不思議ではないのだから。


「駄目だ」


「何でですか!? やりましょうよ、良い季節だし!」


「第一、月を見て何が楽しいんだ!? 虫も多いし面倒なだけだろ!!」


「まるで現代人のような言い分!! 風流は日本の誇りやろうがぃ!!」


「お前は何を言っているんだ!?」


結局、その言い争いも虚しく、その晩に月見をすることとなった。

メイドはスズカゼからレシピを習ってお月見団子を用意し、ゼルもそれを手伝うという手筈の中。

スズカゼは取り敢えず顔見知り達に声をかける役目を買って出たのだ。


「よっしゃ! 行ってきます!!」


元気よく駆けだしていく彼女の背中を見送りつつ、ゼルは一息ついた。

何処か諦めの色を孕んだ笑顔のまま、彼はぽつりと。


「団子に痺れ薬入れちゃ駄目かな……」


「駄目だと思います」



《第三街北部・ファナ子爵邸宅》


「……何だか、嫌な予感がするな」


「い、嫌な予感ですか?」


「……ふん、貴様には関係無い」


遊びに来た獣人の少女を相手にしつつ、彼女は不機嫌そうに空を見上げた。

風の流れが速いのか、雲は太陽を覆い隠してはまた去って行くを繰り返している。

この空だけ見れば何ら変わらぬ日常だが、どうにも心底にある鬱憤が気分を晴らさせてはくれない。

いったい何があるのか、と。

考えるまでもなく悩みの種はやってきた。


「ファナさぁーーーーんっ! おっ、獣人の女の子もいる!」


「あ、お、お久し振りです……」


「……帰れ」


「そんなこと言わずにぃ。実は今日お月見するんだけど来ません?」


「行くとでも……」


「い、行って良いんですか!」


ファナと獣人の少女の視線が交差し、数秒。

いつもなら引き下がるはずの少女が今回に限って何故か引き下がらない。

恐らく物珍しさと数少ないお祭り騒ぎという事もあってだろうがーーー……。

意外にも、押し負けたのはファナだった。


「……何処だ」


「ゼル邸宅前で開催予定です」


「解った……、好きにしろ」


自身の目の前から走り去っていくスズカゼを見送って。

自身の目の前で嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる獣人の少女を見下ろしながら。

彼女は今一度、大きくため息をつくのだった。



《第三街西部・廃墟前》


「何? お月見?」


「ですか……」


廃墟の前を見回っていたジェイドとハドリーを呼び止め、スズカゼは本日開催のお月見大会の旨を伝えた。

二人はお月見とは何か、何をするのかを問うた後に暫く考え、快く了承した。

了承した、が。ここからが彼等らしい所で。


「では折角だから我々も何か持って行こう。酒で良いか」


「お団子だけじゃ寂しいですね。どうせですし、もっと何か持って行きましょう」


「丁度良い。獣椎の主人も巻き込んで良いか? 姫」


「え、えぇ、構いませんけど……」


「では夕暮れ時にゼル邸宅前に集合だな。食事と酒を用意して……。経費も計算せえばならんな」


「そこは私がやります、ジェイド」


「では頼む」


二人は坦々と計画を始め、何だか段々と事が大きくなっていく。

忘れがちだが、元は二人で第三街を支えていた彼等だ。

こういうお祭りごとの運営はお手の物なのだろう。


「姫、費用は?」


「あ、ゼルさん持ちで」


取り敢えず彼等は誘えたし、次の人を誘いに行くとしよう。

残る面々はまだまだ多い。今日中に会えれば良いがーーー……。



《第二街南部・旅館》


「暇人共ー! 居ますかー!!」


「誰が暇人だゴラァッッ!!」


「メタルー、チェスの途中ですよー。もう八十九勝一敗ですよ、私」


「暇人じゃねぇか」


所変わって第二街の旅館。

デューが宿泊しているここならば、どうせメタルも居るだろうというスズカゼの読みは見事的中したようだ。

まさかチェス勝負しているとは思わなかったが。と言うかルールを覚えられた事に驚きである。


「くっそー、次こそキングアタックが決まると思ったんだがなぁ」


「甘いねぇ、俺のルーク・ザ・クイーンブロックの前には無意味ですよ。何せ防御力三万ですから」


「なぁ、やっぱそれ防御力高くね? 一万五千にしようぜ」


覚えてなかった。と言うか作ってた。


「何アホなことやってんですか」


「アホ言うなよ。そろそろ正式に計画立てて腹の足しにしようかと考えてんだぞ」


「まず間違いなく破綻するんでやめましょうよ。それより面白い話あるんですけど、如何です?」


二人はチェス盤を丁寧に片付けてからその場に正座した。

いつもなら露骨に嫌な顔をするのに、これほど真面目に聞こうとするとは余程暇だったのだろう。

だったら外に出て働けば良いのにと思うが、そこまで思考が回らないのが彼等である。


「お月見しません?」


「する」


「しましょう」


「はえーよ。せめて何かぐらい聞けや」


「好奇心は猫を殺すが」


「暇は人を殺すって言いますしね」


「聞いたことな……、あ、でも微妙に納得出来る」


「取り敢えず参加で」


「同じくー!」


「はいはい、了解しま……。メイアウス女王やバルドさんは」


「無理。アイツ等絶対参加しないし出来ない。仮にも第三街でやるんだろ?」


「ですよねー。仕方ないかぁ」


「俺達は絶対参加するけどな!!」


「うん、知ってる」


こうして暇人二名の参加が確定。

二人が何をするか何を食べるかなどを嬉々として話し合う中、スズカゼは次の予定地へと足早に向かうのであった。



《第一街南部・リドラ子爵邸宅》


「ほう……、月見か。興味があるな……」


「い、意外ですな。リドラ殿は研究の方を優先するとばかり……」


「うふふ、そういう事もありますわぁ」


「待て貴様等……、何を勘違いしているか……、知らんが……、げほっ。私とて研究の虫ではないぞ……」


「それはちょっと……」


「無理がありますわね」


スズカゼが訪ねた先、リドラ邸宅では彼本人だけでなくデイジーとサラの姿もあった。

どうやら研究資料が多過ぎる余り、二人に運搬を頼んでいたらしい。

持っている量が男女で大きく異なるのはどうかと思うが、それも仕方ないだろう。

無論、リドラはデイジーとサラが軽々と持っている数十分の一である。しかも肩で息をしている始末だ。


「……学者だからな」


「いや何も言ってませんって」


「兎も角だ……。今日の夕暮れ時にゼルの邸宅へ向かえば良いのだな……」


「えぇ、お願いします。デイジーさんとサラさんも来れます?」


「えぇ、是非」


「私も向かわせていただきますわぁ」


「よっしゃ、大分人数も揃ってきましたね」


これで大体の人は誘い終えただろう。

次に皆が集うのは夕暮れ時、月が昇る時間帯だ。

何故か予想以上に大事になりそうだが、まぁ、皆が集まって宴会騒ぎも悪くないだろう。

月を見て宴会。何と風流なことか。

この世界に来てから風流などという言葉は何処へやら。幻想ファンタジー不思議吃驚玉手箱、驚きの連続である。

最近はそれも落ち着いて来たし、まぁ、こんな風流があっても悪くない。

嗚呼、今日の夕暮れが楽しみだーーー……。



《第三街東部・ゼル男爵邸宅》


「…………あのな、スズカゼ」


「はい」


「まぁ、偶には楽しむのも悪くないと思う。うん、気分転換には良かった」


「はい」


「ただ、月見とは言え曇っちまったのは仕方ない。天気だしな? 自然現象だしな?」


「はい」


「だからって天陰・地陽(てんちめいどう)ブチ込んで雲散らすなや? あ?」


「だってお月様が……」


「そういう問題じゃねぇだろ。つーか、また雲で隠れちまったし。今日は風が強いんだよ」


「よっしゃもう一発」


「待てやオイ」


宴会同然で数十人集まったお月見大会だが、皮肉にも風の強さもあって月が雲に隠れてしまい、その姿は暗闇の中へ。

元より月見という習慣がある訳ではないのでただの宴会と化しているが、スズカゼの無茶行動を初めて見た物は驚きの余り固まっている始末。

どうにもイマイチ凝り固まった宴となってしまったのだ。


「やっぱ月がないから……」


「いやお前のアホさが原因だろ。あー、胃薬持ってきて良かった」


「いやいや、月があればどうにか……。ん? 月?」


ふと思い立ったように、スズカゼは席を立って何処かへ去って行く。

流石に一度は馬鹿をやったのだ、もう注意することはないだろう、と。

そう安心して酒を仰いだのがゼルの運の尽き。


「おぉ、月だ!」


誰が叫んだか指差したか。

確かにその先には見事な黄金の円があった。

ただしかなり小さい。と言うかとんでもなく小さい。


「……何やってんだ、ジェイド」


「黒いし片目だし金色だしいけるやろ、と姫が」


「いけねぇよ馬鹿か」


結局、第三街で一人の獣人を崇め称える宗教が始まったと噂になってゼルが王城に呼び出され、胃を痛めるのは。

何故か暫く渾名が月光の神様となってジェイドが気苦労するのは、それに連れてハドリーが月光の女神様と呼ばれるのは。

宴会で馬鹿騒ぎと馬鹿飲みし過ぎたせいで酔い潰れ、メタルとデューがゴミ箱で目を覚ますのは。

また、後日の話である。

読んでいただきありがとうございました

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