雨降る砂漠の執務室
【ベルルーク国】
《D地区・軍本部・将軍執務室》
「……ふむ」
彼は静かにペンを置き、上等な黒革の椅子に腰を沈め込む。
外は雨だと言うのに、兵士達は自主練習という名目の元、泥に塗れながら走り回っていた。
彼等の声と雨音が共に喧騒となり酷く五月蠅くも思うが、何処か哀愁を感じるようにも、思う。
「ネイク」
「何でしょう、イーグ将軍」
「仕事が終わらない」
「知りません」
自身の眼前で、自分の数倍はあるであろう資料の山を裁く部下には冷たく流される。
自分も嘗てはあんな風に、外で何も考えず修練に励んだものだというのに。
なまじ戦争で功績を挙げすぎた為にこんな資料と睨めっこをする日々になってしまった。
思えば外で訓練をしていた日が何と懐かしい事かーーー……。
「……ネイク、今から外で軽く運動をしてくる」
「気分転換ですか? 駄目ですのでさっさと業務に戻ってください」
「しかしな……、もう数日も籠もりっきりだ。体が鈍る」
そう言えばこの人も脳筋寄りだったな、と。
ネイクは仕方なく彼の予定表に目を通しながら、気分転換に裂ける時間を探し出す。
軍事的地位に居る人間との会談や会食、他国との条約締結会議への出席、大総統の身辺警護部隊の編成、等々。
目を通すのも嫌になるような羅列を見終わった後、彼は静かに一言。
「煙草を一本、如何です」
「待て、それはどういう意味だ」
「仕方ないでしょう。何処をどう見ても空くスペースなど無いのですよ。補助を呼ぼうにもエイラ中尉は訓練兵の手当で忙しいですし、ヨーラ中佐はサウズ王国に親善大使として向かっておりますので」
「……この仕事は、終わらないのか」
「終わりませんね。貴方が手を動かさない限りは」
イーグは眉根を内側に落とし、ため息混じりに席へ座り直す。
未だ高々と積み上がる資料の山は彼の視界を覆い尽くさんがばかりに聳え立つ。
これを全て燃やしてしまえばどうなるだろうか、と。
そんな事を考えない訳ではないがーーー……、本当に行えばどうなるかは目に見えているだろう。
「ネイク」
「何でしょう、イーグ将軍」
「煙草をくれないか」
「……どうぞ」
未だ振り続ける雨は、恵みの雨。
この黄砂舞う砂漠に、極稀にしか降り注がない恵みの雨。
然れど今、四天災者である前に、将軍である男は、ただ、願う。白煙を巻き上げながら、願う。
どうかこの部屋にも恵みの雨あれ、と。
読んでいただきありがとうございました