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ハドリーとファナの日

【サウズ王国】

《第二街東部・ゼル男爵邸宅》


「メタルさぁあああああん!! 帰って来ぉおおおおおーーい!!」


「良い人生だった……、ぜ」


「駄目だ……。奴は、もう」


「アカァーーーーーン!!」


絶叫響く、阿鼻叫喚。

焼け焦げた室内、黒雲立ち篭める天井、割れた窓、紅色が散った壁面。

狭い室内で幾人が殺し合ったのかと思うほどの惨状。不幸極まりない男など既に瀕死の状態だ。

[獣人の姫]と呼ばれた常識破りの少女は叫びながらメタルの胸を圧迫し、嘗て[闇月]と呼ばれた男は彼の脈を診て首を振っている。

そんな中、どうにか起き上がったサウズ王国最強と呼ばれた騎士団団長は、胃の奥から湧き上がる苦痛に意識を朦朧とさせた。

凄惨。余りに、凄惨。


「……私の料理は、そんなにマズいのか」


「ふぁ、ファナさん! 練習! 練習しましょう!!」



さて、時は数時間前までに巻き戻る。

いつも通りの昼下がり、ゼル邸宅を訪ねてきたのはファナとジェイドとハドリー。

本来なら決して相容れない水と油の三人がどうして一緒に尋ねて来たのか。

メイドは目を丸くしたまま驚いたが、取り敢えず彼等を家へと通した。


「……台風?」


「いや、雪だ」


そんな反応を見せたのは特にすることもなく暇にしていたスズカゼとゼル。

ぐーたらと怠けていた二人は突然の来客に随分と酷い反応を起こしていたが、ファナの様子を見て事態の異常性に気付く。

ファナが、照れている。


「……よし」


「いや待て何がよし、だ。拳を握るな涎を垂らすな」


「自分が赤面させるのも良いけど、赤面してるのもまた良いんだなぁ」


「お前は何を言っているんだ」


ファナは当然の如くスズカゼを無視してハドリーの後ろに付いていき、居間にちょこんと座る。

いつもの傲慢不遜な態度は何処へやら。まるで借りてきた猫ではないか。

強ちスズカゼ達の嵐だ雪だというのも間違ってないかも知れない。


「……あー、で? 何の用なんだ?」


「その、ファナさんが教えて欲しいそうで」


「何を?」


「料理を」


その一言に、ゼルはさらに首を捻る。

料理、はて、料理。

料理と言えばあの料理か? 料理と言えばあの料理だろう。

…………何故?


「何でもファナさんがバルドさんに料理を作って上げたいらしくて」


「私じゃなくて!?」


「黙ってろスズカゼ。……で、何でバルド?」


「この前読んだ本に義理の父と娘の物語があったそうで……」


「そ、それは言わなくて良い!!」


「は、はぁ」


「ともかくだ!! 私は料理を作りたくて一番まともそうなコイツを尋ねたが満足な器具もないと言う!! だから、こうして仕方なく貴様の家を……!!」


「こう言っちゃ何だが、ハドリーよかメイドの方が料理は上手いと思うぞ? 年期が違うしな」


「それは解ってるんですけど……」


「スズカゼが居るだろう」


「あぁ、成る程」


「解せぬ」


取り敢えず、と今まで黙っていたジェイドが腰を上げ、発言する。

彼はファナが料理を学ぶのでハドリーに味見係として付いてくるよう頼まれたこと、スズカゼやゼルにも味見係をして欲しいこと、メイドに料理を教えてやって欲しいことを話す。

ゼルは別に構わないと承諾し、スズカゼはひゃっほうと騒ぎ回っていたのをジェイドの拳骨によって止められた。


「あ、でも……。ゼル様、今日は」


「あーーー……、そう言えばメイド連合の寄り合いか」


「何ですかそれ」


「貴族の女連中に礼儀作法を教えたりするヤツなんだが……。あれ? ファナもそれに参加すりゃ良いんじゃね?」


「あんな変な恰好をするぐらいなら死んだ方がマシだ」


「ファナさんのエプロン姿が見ぃいいたぁああああいぃいいいいいい!!」


「黙れ。……黙れ」


と、まぁ、そんな事で。

仕方なくメイドは出掛け、残されたのはスズカゼ、ゼル、ジェイド、ハドリ-、ファナの五人になる。

元よりハドリーが居れば事足りる事だ。

そんなに多い量を作る訳でもないので、これだけ居れば充分だろう。


「それじゃ、簡単なのから始めます。まず包丁ですが、握り方は解りますか?」


「……こうか」


「それ刺す体勢です」


「違いますよ、ファナさん。まず両手で柄を持って切っ先を顔の前まで柄持って言って……、そうそう。後はこう、お前を殺して私も死」


「おい馬鹿やめろ」


出だしから既に危ないが、こうしてファナとハドリーによるお料理教室が開始される。

品目はフェイフェイ豚の焼き肉、パリコ草のサラダ、ノーライ茸のお吸い物。

普段から激務をこなす彼を思いやった品物だ。

まぁ、まな板の向きが縦だったり肉を焼くのが面倒だと言い出して魔術大砲で炭化させたりお吸い物の汁として酢をブチ込んだりと散々だったのだが、どうにか料理は完成した。

因みに作成時間は通常の数倍。流石のハドリーも疲労気味である。


「で、完成したのがこれか」


ゼル、ジェイド、スズカゼの前に出されたのはごく普通の一品。

確かに形は歪でこそあるが、まぁ、悪くはない。

時間も丁度、昼時が近い。昼食としては充分だろう。


「どれ、喰うか」


「いただきます」


「いただきまぁあーーーす!!」


皆がそれぞれフォークを手に取り、各々の品に手を伸ばす。

そんな中、スズカゼはふとフォークを落としてしまった。

床に転がったその音を聞いてジェイドは一瞬手を止めたが、ゼルは特に気にせずお吸い物に口を付ける。

付けて、しまった。


「ん、ちょっと酸っぱるぼぇす」


ゼル、昏倒。


「ゼルさぁあああああああああああああん!?」


「おい、白目を剥いて泡を拭いてるぞ」


「洒落にならん!!」


フォークを持ったまま硬直して泡を吹くゼルとその周囲で騒ぐスズカゼ。

ジェイドは慣れた手付きで応急処置の準備をしているが、ハドリーとファナはただ呆然とするばかりだった。


「ば、馬鹿な! 私は言われた通りに作ったぞ!!」


「は、はい! ファナさんは私の指示通りに作ってました!!」


「いや普通に作ったのでこんなのにならないと思いますけど!?」


結局、ゼルは額と口に水で湿らせた柔布を詰められてソファへと寝かされた。

ジェイド曰く毒物などではないそうだが、むしろ毒じゃなければ何なのか。

勿論、料理も勿体ないが廃棄。これ以上の犠牲者を出す訳にはいかない。


「何故だ……」


「りょ、料理はちょっと難しかったかも知れないですね! お菓子にしましょう!!」


「菓子だと……」


「料理より簡単ですし、疲れたときには甘い物が」


「……昔の、私がまだ王城守護部隊の訓練にすら加われなかった頃の話だ。家にある本を読んで近所の婦人に協力して貰い、クッキーを作った。それをバルド隊長に届けようとすると、王城守護部隊隊員に捕まってな。何をしているのかと聴かれたからクッキーを届けに来たと言った。皆が美味しそうと言うので配ってやったんだ」


「……どうなりました?」


「翌日、バルド隊長の毒物訓練だったという言葉で事なきを得たよ」


「いや、事ありじゃないですか」


この話から聞いても彼女の料理的な才能は大分アレらしい。

しかし、それも昔の話だ。しかも話を聞く限りは協力者は婦人のみ。

ならばスズカゼ達がきちんと見張っていれば問題はあるまい。


「……だが、この面々で誰が味見をする?」


ジェイドの何気ない一言。

確かに第一犠牲者、基、ゼルがあんな状態になったというのに、味見をしたいと言う物は居ない。

それこそ、余程の馬鹿でない限りはーーー……。


「おーい、お前等! 暇だから遊びに来たぜー!!」


「ジェイドさん、確保」


「了解」


ジェイドの素早い手刀がメタルの首元に叩き込まれ、彼は一瞬の内に気絶。

その後、素早い手付きで椅子に縛り付けられ、一切の身動きが取れなくされる。

彼が気絶している間にスズカゼとジェイドの監視、ハドリーの指示の元、ファナのクッキー作りが行われた。

匂いに変化はない。形も普通だ。焼き加減も悪くない。

これは大丈夫だろう、と皆が安心したとき、丁度メタルが目を覚ましたのだった。


「……え、何これ」


「クッキー、食べませんか?」




「メタルさぁあああああん!! 帰って来ぉおおおおおーーい!!」


「良い人生だった……、ぜ」


「駄目だ……。奴は、もう」


「アカァーーーーーン!!」


絶叫響く、阿鼻叫喚。

焼け焦げた室内、黒雲立ち篭める天井、割れた窓、紅色が散った壁面。

狭い室内で幾人が殺し合ったのかと思うほどの惨状。不幸極まりない男など既に瀕死の状態だ。

[獣人の姫]と呼ばれた常識破りの少女は叫びながらメタルの胸を圧迫し、嘗て[闇月]と呼ばれた男は彼の脈を診て首を振っている。

そんな中、どうにか起き上がったサウズ王国最強と呼ばれた騎士団団長は、胃の奥から湧き上がる苦痛に意識を朦朧とさせた。

凄惨。余りに、凄惨。


「……私の料理は、そんなにマズいのか」


「ふぁ、ファナさん! 練習! 練習しましょう!!」


「いやもう貴様は料理をするな」


「メタルさんの脈がない! 脈が!! ってかソファでゼルさんが死んでぎゃぁあああああああ!!!」



読んでいただきありがとうございました

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