スズカゼとメイドの日
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「正気かお前!!」
「え、えぇ、はい」
「……正気かお前!?」
「えぇ、正気です」
ゼルが三度目の確認をメイドに行おうとした時、スズカゼから牽制の一撃が彼へ撃ち込まれる。
腹部への拳撃は彼の最早無いと言っても過言ではない胃を刺激し、悶絶を与えた。
「おま……、胃は駄目だろ……!!」
「死ななくて良かったですね!」
「す、スズカゼさん、胃は止めてあげてください……」
「了解しました」
さて、どうしてこんな事になっているかというと、だ。
事の始まりはメイドのちょっとしたミスにある。
何でも食料品の加減を見誤り、備蓄が尽きてしまったんだとか。
そこまでならいつものようにゼルと買い出しに行く所……、だが。
今日は一段とゼルの胃痛が酷いため、代役でスズカゼが行くことになったのである。
ただし、ゼルは絶賛反対中だった。現在は胃が死亡中。
「……解った、行くのは構わん。ただし騎士を数百人体制で同行させる」
「騎士の人達をこんな事で出さないでください、ゼル様」
「お前、スズカゼだぞ。変な所に連れ込まれたらどうする!?」
「しませんよ、そんなこと」
「こっち見て言え、オイ。何で目ェ逸らす? おい」
その後、胃を抑えて蹲る彼を説得すること数十分。
結局は物理的な交渉になり、ゼルの意識と胃が天へ召されたのは別の話である。
《第二街西部・朝市広場》
「へいらっしゃい!」
「あの、フェイフェイ豚の胸肉とパリコ草の根をお願いします」
「あいよ! お嬢さん達可愛いからオマケしようか!」
「ありがとうございます、お兄さん」
微笑ましいやり取りでメイドと店主が商品を買い込む中、スズカゼは街行く女性を視姦、基、観察していた。
何も彼女とて呆然と見ているわけではない。
その視界に映っているのは、多くの獣人達なのだから。
「カード利用者も増えましたね」
「あ、メイドさん。買い物は終わったんですか?」
「はい。ちょっと重いので持って貰って良いですか?」
「はいはい、お任せを」
メイドが顔を真っ赤にして持っていた荷物も、スズカゼに掛かれば軽い物。
ひょいひょいと瞬く間に彼女の両腕は食料品で一杯になり、前が見えているかどうかも怪しくなった。
尤も、彼女がこれではメイドに手出しできないと気付くのはもう少し後だが。
「少し、ご飯でも食べていきませんか」
「おっ、良いですね」
二人はそこから歩いて数分程度の、野外店へと足を運んだ。
フェイフェイ豚が焼かれて香ばしい匂いが立ち篭め、空腹感をかき立てる野外店。
立っているだけで腹が鳴きそうな程のその場所で、彼女達は一度荷物を置いてフェイフェイ豚の焼き肉とスカイッシュ水という、定番のメニューを注文してきた。
まぁ、昼食にしては少しばかり多いが、偶には悪くない。
「そう言えば、メイドさん」
「はい? 何でしょう」
「メイドさんってどうしてゼルさんの家に仕えてるんです?」
「……どうして、ですか」
彼女は優しげな笑みを浮かべ、スズカゼの口端についたソースを自身の白布で拭き取った。
彼女に拭き取られるがままのスズカゼは、まるで子供のようだ。
そんな様子が微笑ましいのか、メイドはまた優しげな笑みを見せる。
「色々あったんです。色々と」
「……言いたくないです?」
「ふふっ」
優しげな笑みから零れる、何処か悲しい吐息。
それを聞いた以上、スズカゼはそれ以上の追求は出来なかった。
きっと、彼等の間には何かあるのだろう。
触れられたくないのか、触れてはいけないのか。
どちらかは解らないけれど、きっと、何かがーーー……。
「……おいしいですね、フェイフェイ豚」
「……はい」
昼に到らぬ、朝も過ぎた日の中で。
彼女達は香ばしい薫りに包まれながら、肉を食す。
袂に大量の食材を置いたまま、時折、炭酸で喉を潤して。
日の元で、語らいながら。
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「……俺の昼飯は?」
「「あっ」」
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