04.転機
「ペア?」
今日は1日実技の日、軽い走り込みと柔軟体操をエミーとしていた時、次の授業の事を教えてもらっていた。
「あれ?お兄さんから聞いてないの?」
「ルセから?ここ数日は会ってないよ」
そういえば、最近ルセとは会ってない。
今まで、家では必ず顔を合わせてたし、行き帰りも一緒だった。でも、寮に入ってからは、ルセの顔すら滅多に見ない。
「……もしかしたら」
これが始めてかもしれない。生まれてから一日たりとも顔を見なかった日はなかった。どんな日もずっと一緒だった。それが、学校に入ってからゆっくりお互いが離れている事に気付いて、自分が思っている以上に動揺してたことに驚く。
「レセちゃん?」
「あ、なんでもない」
エミーには気付かれないように愛想笑いを浮かべる。
「?あ、それでね。次からの合同実技演習はチーム戦だから、魔術、武術それぞれで2人ペアを組んで、最終的に4人のチームを組むの」
エミー曰く、3、4年で学ぶ主要な部分は団体行動で寮生活もその一貫らしい。このチームは2年間、余程のことが無い限り解消されることはないのでペア決めはかなり重要らしい。
「でも、ペアなんて組んでないよ?」
「あ、そこは大丈夫!ちゃんとレセちゃんの分も提出しておいたから」
あとで先生から発表があるからわかるよ。そう言って笑っていたエミーは、あっと声を出すと向こうから歩いて来る見慣れた3人に手を振った。
「エミー、レセ、おはよう」
「おはよー」
「3人ともおはよう」
「おはよう」
「………」
黙りを決め込むグレイにエミーが頬を膨らました。
「ちょっと、グレイ、挨拶は?」
「一日の始まりは挨拶から始めるものだぞ」
「そうだぞ!レセちゃんだって挨拶したのに、グレイがしないのはおかしいだろ?」
「なんでこいつがしたのと関係あるんだよ!」
「あ、またこいつって言った!ちゃんと名前で呼ばなきゃ駄目って言ってるじゃん」
ふんと顔を背けるグレイ。そんなグレイの肩にルーファスは手を置く。
「はい、ほら。レセ、おはよう。って言ってみな?」
「な、なんでそんな事、俺が言わなきゃ…」
「は・や・く!」
「っ、レ…ティーセルナ!」
エミーの気迫にグレイは顔を顰めながら、半ばやけくそで私の名を呼んだ。
「お、ぉはよぅ……」
「うん、おはよう」
尻窄みになりながら言い終わると、グレイはわしわしとルーファス達に揉みくちゃにされていた。
いつもの光景をぼんやりと見ていると、エミーがちょんちょんと袖を引っ張った。
「紙が張り出しされたみたい。レセちゃん見に行こう」
板に打ち付けられた紙にずらりと並ぶ名前の中から自分の名を探す。
レ、レ、レ…あ、あった
エミーの名前の下に自分の名を見つけた。ペアは誰だろうと視線をそのまま、横にずらす。
「ん?」
レティーセルナ=クライヴの名の横には、グレイス=ファンドの名前が。
エミーを見れば、満面の笑みを浮かべてこちらを見返した。グレイはと、視線を向けた先には、今まさにルーファス達に詰め寄っている所だった。
これはどういうことかと口を開き掛けた時、ぱんぱんと手を鳴らす音がした。
「はい、注目!張り出した通りペアが決定しました。次の時間は武術の子らと合同になるから、その時にチームを決め込てもらいます。」
ざわざわと沸き立つ生徒達にシンディーは再度手を叩く。
「じゃあ、早速ですがペアの人と並んで下さい」
ぞろぞろと全員が2列並び出した中、先頭の2人の間の距離が中途半端に空いていた。
「おいグレイ、ちゃんとレセと距離を縮めろよ」
「そうだよ、先頭がそんなんだと後ろが困るでしょ」
後ろから飛ばされる言葉に舌打ちをすると、グレイは距離を微妙に縮めた。
「ちゃんと並んだね、ペアがいない人はいない?……じゃあ、手始めにペアの人と親睦も兼ねて肩慣らしでもして貰おうかな」
シンディーはそう言うと各自を適当な場所に分け、好きなタイミングで始めなさいと言う。
困惑したように止まっていた周りも徐々に魔素を練り上げ魔法をぶつけ合う中、自分とグレイは今だ突っ立ったままだった。
レセはいつもの様にぐるりと周囲を見渡す。
シンディーの配慮なのか、自分とグレイの周りは他よりも距離が取られていた。
「…おい」
武術遮断はいらないだろうから、魔術遮断結界だけでも念の為張ろうと視線を彷徨わせていると、不機嫌な声を出したグレイは顰めっ面で手にした杖を構えていた。
「レティーセルナ、俺と勝負しろ!」
燃えるような炎を連想するオレンジファレライトの瞳が真っ直ぐに向けられる。
「うん」
自分を真っ直ぐ見て勝負を挑むグレイの姿に、くすぐったさを感じる。思わず浮かんだ笑顔で返事をした。それから少し興奮を落ち着けるよう、目を瞑って魔術阻害結界を張る。
そっと目を開いて、さあいざ勝負!と杖を構えてようとするが、頭を抱えて蹲るグレイの姿に首を捻った。
「?何してるの」
「っっな、何でもない!」
顔を真っ赤にして始めるぞ!と叫ぶグレイに、レセは疑問符を浮かべながらもくるくると杖を回す。
グレイは頭を振ると深く深呼吸をし、杖を構えて魔素を練り始めた。
あ。
いつもは遠目で見ている魔素を練る姿をこんなに近くで、それも正面から見たのはこれが初めてだった。
魔素とは、本当は視覚的に捉えられるものではないらしいが、何故か自分には見える。体内から放出されたキラキラ輝く粒子が糸のように紡がれ、それが魔術として織られる。魔力は粒子、魔素は糸、魔術は布。魔素を練り上げるとは、粒子から糸へと撚り集める行為で、この出来は魔術の出来に大きく左右する。
グレイは入学当初から順位は変わってないけれど、まだその時は点数に開きがあった。けれど、テストを重ねる度に差は縮まっていって、今では僅差だったりする。そのグレイが入学時から変わらず満点なのが、実技なんだ。
丁寧に紡がれた糸をまた、丁寧に織り上げていく。
(やっぱり、綺麗だな)
勝負なのも忘れて見入っていると、グレイは既に攻撃体制に入っていた。
「“揺らめく火よ、宙を舞う玉となれ”」
ぼうと音を立て無数に現れる鬼火に、流石にレセも弄んでいた杖を構えた。
「“水よ、ーーーーーー”」