02.君と私の関係〈中編〉
ルセの周囲一体が火の海に覆われた。もうもうと立ち込める炎と煙からはルセの姿が確認出来ず、あちこちから悲鳴が聞こえる。それに次いで、批判にも似た声が上がり始めた。
そんな事を意にも介していないレセは燃え盛る炎を眺めながら、左手に持った杖をくるくると回す。
ルセが得意なのは風と水。聖剣持ってたら一発でこの程度の炎なんて水で消すだろうけど、今は持ってないしやっぱり使って来なかったか。ならルセはどんな魅せ方するのかな?
鼻歌歌いそうな程上機嫌なレセに、ごうと音をたて火の粉を巻き上げた風が押し寄せてきた。その中から目で追えるギリギリの速度で、炎を纏ったルセが迫る。反射的にとった守りの構えにシールドを張った。
キン!!
辺りに剣とシードルが擦れた音が響く。
互いに武器を押し合い、その反動で後ろへと飛び退く。さて、次はどんなことしようかなと考えていたら、メラシーのおーいと気の抜けた声が聞こえた。
「ほらそこの二人共~、わざと手を抜かない」
「「「「!?」」」」
やっぱりバレてた。メラシーやシリウスを騙せるとは思ってなかったけど、こうもあっさり見破られるのは面白くない。既に木剣を下ろしたルセから視線を外し、わざと違う意味を忍ばせた言葉で文句を言う。
「えー、ちゃんと演ったよ」
「私は、演舞披露しろとは言ってなない」
びしりと突っ込むメラシーには、しっかりバレていたようだ。ちぇっと口を曲げれば、自分は悪くないと言わんばかりにルセは肩を竦めた。
「レセが本気出すとあらゆるもの破壊しかねませんよ」
「それ、ルセに言われたくない」
ぷくりと頬を膨らましてルセを睨んでも、此方も見ずに本当のことだろうと取り合わない。
「それもそうか」
「納得いかない!」
「…お前の方が破壊っぷりが酷いからだろ」
「そんなことない!!」
呆れたように言うルセにムッとする。同い年の癖に一々お兄さんぶったような物言いが癪に障った。無言で睨み合う私達に、メラシーが割って入ってきた。
「あーはいはい、兄妹喧嘩もそこまで。じゃぁ適当に結界張っておくからせめて5割くらい力出しなさい」
一応ないとは思うけど、くれぐれもシールド壊さないでよ?
そう失笑も混じったメラシーの声は既に聞こえてなかった。
5割。そう5割出せと言われた。
さっきまでの怒りも忘れて、ただむくむくと湧き上がる久々の歓喜を全身に感じながら、それを全て魔素を練る力に変えていく。視線の先には既に木剣を地面に置いたルセが目を瞑っている姿が見えた。
口元に弧を描きながら手元で遊んでいた邪魔な杖を腰に下げ、先手必勝と言わんばかりにルセの頭上へと踊り出た。
* * *
「ただいまー」
「あ、レセちゃんお帰り!」
「おかえり」
女の子らしい可愛らしい部屋の中で、青髪と茶髪の二人の少女が座って出迎えていた。
「フィオナちゃん、それ」
ふんわりとした茶髪の似合うフィオナ。彼女がよく好んで飲む紅茶の横に、こんもりと皿に盛られた手作りのお菓子山があった。甘い香りを漂わせるそれに自然と視線が引き寄せられる。
(美味しいそう……)
「うん、これね、リネットちゃんが食堂のおじさんから貰ったものなの」
「これ、部屋の子と一緒に食べて仲良くなっておいでって、くれた」
幸せそうに頬張りながら喋るリネットにフィオナは、食堂の人から愛されてるねーと言う。そんな会話もお構いなしに、じっと見詰めるレセにリネットがクスリと笑った。
「だから、レセも食べて」
「うん、食べる!」
「あ、じゃあ私レセちゃんの分の紅茶入れてくるね」
パタパタと音を立て出て行ったフィオナをお菓子を咥えて見送り、内装に少しずつ個性の出て来た部屋を見渡す。
「リネットちゃん」
「どうしたの」
昨日越してきたばかりの寮の部屋には、備え付けの棚は全部で4つあったのだ。自分とリネットちゃんは余分には必要なかったので、棚が足りなさそうにしていたフィオネちゃんにあげた、のだが。
「フィオナちゃんの茶器、増えた?」
余った棚に飾られている紅茶の為の茶器が、昨日飾られていた数より多くなっていたのだ。
「授業終わって、部屋に帰ったらまだ開けてない箱から茶器を出して磨いてた」
「へー。でもさぁ、あんなに数い…」
「それ、聞いたら」
自分よりフィオナと付き合いの長いリゼットなら知ってるかな。そう軽い気持ちで投げた疑問を、リゼットは普段より低い声で制した。
「軽く一刻は、離して貰えない」
「…………」
「レセちゃん紅茶ーって…あれ、二人共どうしたの?」
「「なんでも」」
口を揃える二人をフィオナは不思議そうに首を傾げた。
「そう?あ、紅茶出来たよー」
「ん、ありがとう」
どういたしまして。そう笑ってフィオナは定位置に座った。
「そういえば、今日の合同授業、相変わらず凄かった」
「うんうん、地面がなくなっちゃうかと思ったもん」
あの後、ルセとちょっとばかし遊び過ぎた所為で地面が吹っ飛んでしまったのだ。
「でも、レセちゃんだけじゃなくてグレイス様やルーファス様も凄いよねー」
「確かに、上位5位組はいっつも凄い」
武術学部とでは分が悪い魔術学部の生徒で武術学部に引けを取らない不動の5人とか言われてるらしい。この二人と部屋一緒になって始めて知った。
確かに入学時からこの順位だけは一度も変わっていないのだ。
ローランドは地の適性があって、小技を駆使して相手を撹乱させるのが得意とする。
エミーは珍しい水の適性の持ち主で、普段は氷の飛礫を使った小技を使うが、あれはエミーが一番得意とする大技への布石だろう。
ルーファスは風で身体を強化したり、風の刃を使ったりと魔術師なのに比較的接近戦が得意。お互いお家柄からか、戦闘スタイルが5人のなかで一番自分と似ている。
グレイは火の適性の持ち主で、鬼火という周囲に火の玉を無数出現させる魔術を好んでいる。
因みに、自分は適性は4つ全てで、今まで筆記、実技共に満点以外取った事がない。
「でも、レセちゃんとグレイス様の二人は飛び抜けてるよね」
「始めの頃、飛び抜けてたのはレセだけ」
「え、そうなの?」
「そう」
確かにそうだった。今でこそグレイは私に競るほど僅差の点数を叩き出しているが、最初の頃は意に介する程度の成績ではなかった。
「へー、あとグレイス様ってレセちゃんにだけなんか態度違うよね」
「フィオナ」
「え、あ、言っちゃいけない事だった!?あぅ、レセちゃん、ごめんね」
「別にいいよ」
気にするような事ではないし。そう言い聞かせようとして、何故か胸がずきりと痛む。
始めの頃、か。
伏せた瞼の裏に浮かぶのは、たった一度きり此方に向けて見せた笑みだった。