第八話 すれ違う思い
「朝早くスミマセン。アルは居ますか?」
アルフォンスの家は村のこの部落の中でもやや外れた所にあって、セリーナが訪ねたのは久しぶりだった。
少し前までは遊びに来ることもあったが、さすがに14になると、遊びよりも労働に費やす時間が増え、セリーナ自身も男の子の家に来ることは憚られるように感じていた。
「おや、ビクスさんの所のセリーナちゃんかい?しばらく見ないうちに綺麗になって。」
直ぐに応えてくれたのはアルフォンスの祖父で、その声を聞いた祖母も出て来てくれた。
「セリーナちゃん?こんなに朝早くどうしたんだい?」
改めてそう聞かれると、自分のしていることが常識的ではないと恥ずかしく感じて、やや俯いてしまう。
「あの子なら馬の手入れに行ったよ。」
幸い、ちょうど出て来たアルフォンスの母親が少し笑いながらも直ぐに教えてくれたので、御礼を述べて裏手へと急いだ。
アルフォンスは母親似なのである。
近づくにつれ、風が、確かにアルフォンスが居ると教えてくれる。まるでアルフォンスから風が生み出されているように、軽やかな風がセリーナを出迎えた。
「おはよう。セリー。そんなに僕に会いたかった?」
あぁ、アルフォンスは以前のアルと何も変わっていない。もっとも、あれからまだ二日しか経っていないのだが。安心感から、セリーナはいつものように怒ってみせることも忘れて、話しかけた。
「おはよう。アル。あのね、ちょっと気になることがあって。」
一気にセリーナは続ける。
「あれから、風の力、練習してるの?」
アルフォンスは目を輝かせて、見てて、というや否や、両手をクルクルと回転させて、小さな旋風を起こす。アルフォンスにとっては遊び心であったが、それを見たセリーナは小さな悲鳴を上げてうずくまってしまった。
「ダメよ、アル。お願い。それ以上、風の力を使ってはダメ。」
アルフォンスは驚いてすぐに力を使うのを止め、セリーナの肩に触れる。
「大丈夫だよ、セリー。まだ自由に飛ぶのは難しいけど、ずいぶんコントロールできるようになったし。」
「ダメなのよ。アル。風の力のことが皆に、マーに知られたら、あなた外に行かされる。」
アルフォンスは眉を上げて、訝しがる。
「僕がずっと外に行きたかったこと、知ってるだろう?」
セリーナは諦めず言葉を重ねた。
「でも、でも。お願い。きっと良くないことが起こる。」
はっきり説明できないのがもどかしい。
「落ち着いて。セリー。ちゃんと聞くから。」
アルフォンスはセリーナを起こして、椅子に座らせた。自分も隣に座り、落ち着いてきたセリーナが言葉を紡ごうとしたところで、後ろから声が掛かった。
「邪魔するつもりは無かったんだけどね。」
現れたのはアルフォンスの母親だ。
「村長から、お父様とお前に至急の呼び出しがかかったんだ。」
セリーナが隣でバッと顔を上げた。
「お父様にも理由は分からないそうだが、アークの件じゃないかと言ってる。こないだからアークの様子がおかしいそうじゃないか。」
「分かった。すぐに行くよ。」
アルフォンスは母親の前でも気にせず、どうにもいつもと様子の違うセリーナの手を握る。
アルフォンスの母もそれ以上は長居せず、母屋へと戻って行った。
「あのね、アル。」
「…ごめん。セリーナ、行かなきゃ。」
アルフォンスとセリーナは見つめ合う。
次の瞬間、セリーナはアルフォンスと唇を重ねていた。
「…セリー…。」
「行ってらっしゃい。」
セリーナが微笑むから。
アルフォンスは、セリーナが自分を心配して来てくれたんだと、でも分かってくれたのだと嬉しくなって、照れながら片手をあげた。
稚拙な文章、最後までお読みいただきありがとうございます。