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第四話 風の精霊の祝福

 突然の強い突風に、二人同時にとっさに目を押さえる。何秒くらいそうして耐えただろうか。なんとかやり過ごして、今度は恐る恐る目を開け、身を起こし深い息を漏らした。


 そしてお互いに口を開きかけた所で、目の前に浮かんでいるものに目が止まる。

「ん?」


 それは今まで決して見たことのない、光の玉だった。

 正確には、手のひらほどの光の球体が、三歩ほど離れ、僕らが少し見上げる位置に浮かんでいるのだ。

 何色とも言えないような不思議な色に、自然と目が釘付けになる。


 そして、また二人同時に口を開きかけた所で、あろうことか、その光の玉から小さい声が聞こえたのだった。



「そなたらに決めた。」と。




 アルフォンスは、まるで時が止まったかのような錯覚を覚えて、すぐには声が出せなかった。

 先に口を開いたのは、セリーナの方だった。

「…あなたはどなたですか。」


 いつもは控え目ながらも、割と誰とでも気さくに話をするセリーナが、冷静に畏まった問いを向けたことで、我に返ったアルフォンスが、その問いに答えた。

「…風の精霊?」


 光の玉から聞こえる声はとても小さい。

「風は我なり。世界の扉をくぐったのは風を与えるため。」

 少し間を置いて声は続く。

「共鳴する人間の一族の子らよ。そなたらの心は我とともに。」

 気づけばこの風の止まない里で、風を感じないのだ。でも不思議と少しも不快に感じない。

 不思議な感覚。

 湧き上がるイメージ。透明感。

 自由に。激しく。温かさと冷気。

 草の匂い。動物の匂い。花の匂い。

 太陽の匂い。土の匂い。セリーナの匂い。

 穏やかに。優しく。


 これではまるで、自分自身が風になってしまったかのような。不思議な爽快感に支配されている。

そんな風に感じた時、感覚は確信に変わる。

「そなたらは風なり。我の力はそなたらと共に。我の思いは皆と共に。成すべきことを為せ。人間の子らよ。」


そうして、光の玉はもの凄い速さで飛去っていったのだった。



 それから、どれ位そうして二人で座っていただろうか。

 気づけば、羊の群れが遠い。

太陽は、少し西に移動している。

「セリー、羊が。」

「え?うわ、アル、どうしよう。」

お互い顔を見合わせると、飛び上がって走り出す。

 そこで、アルフォンスは、走りながら自分の身体がもの凄く軽くなっていることに気付いた。さっきと同じ様に、風も感じない。

(何か、…飛べそう?)

心の中で思った時、足元がフワリと浮くのを感じて、驚き、そして、顔から勢い良く前の草地に突っ込んだ。

「痛たたたっ。」

「アルッ?」

随分後ろから追いついてきたセリーナが、目を丸くしている。

「…なんか、…失敗?」

思わず苦笑いすると、セリーナも今日一番の笑顔で笑ったのだった。



 後でセリーナに確認すると、セリーナが感じていた感覚は、アルフォンスが得た感覚とは少し異なっていた。

 セリーナは、風の精霊の言葉を聞きながら、爽快感よりも透明感をより強く感じ、匂いよりは色々な声や音を、そして静けさと少しの孤独感を感じたと言った。

 

 アルフォンスは今度は立ったままの状態で身体の感覚を研ぎ済ますように集中すると、アルフォンス自身の身体から風が吹き出すように、衣服の裾や前髪や括った後ろ髪が浮かび上がり、ほんの少しだけ身体が真っ直ぐに浮かんだ。

最も、浮かんだ所で集中力は途切れ、直ぐに降りてしまったが。

 それでもアルフォンスは小さな子供のようにはしゃいで、興奮は収まらない。


 アルフォンスはその感覚を熱心にセリーナに説明して、今度はセリーナもやってみたが、セリーナの場合は何度やっても身体を浮き上がらせることは出来なかった。

セリーナ曰わく、走っている時も、特にアルフォンスのように身体が軽くなったような感覚はしないらしい。

「ダメね、私って。」

セリーナは笑う。

「おかしいなぁ。絶対、セリーも出来るはずだよ。」

「ううん。ちっとも出来そうな気がしないもの。アークの訓練と一緒。」

そう言うセリーナの顔は余り残念そうには見えない。

「アル、良かったね。風の精霊、ちゃんと来てくれたね。声、優しかったね。」

セリーナの笑顔はいつも眩しい。




 ああ、願いは叶うんだ。

僕が『風の力』を手に入れたことを、自分の事のように喜んでくれるセリーナが、直ぐ隣に立っている。

これ以上の幸せは無いように思える。


お互いの幸せを願い、相手の幸せが自分の幸せと思える、この素晴らしさを、僕はこの時実感できて。


だから考えなかったんだ。

風の精霊が現れた理由も。風の精霊が残していった言葉の意味も。

だから気づけなかったんだ。

共に風の精霊の祝福を受けたセリーナにも、やはり変化が起きたことに。

ただ自分とは全く異なる風の力を得ていたことに。

僕は、愛したはずの女性が抱えてしまった運命に、少しも気づくことが出来なかった。


 自分が相手に幸せにしてもらってばかりいるのに、それを見た相手が幸せそうに笑うからといって、お互いが幸せだと思い込んでしまうのは、まだ何も力を持たない子供のすることで。

この世界に不変なものなどないのだということを意識したことも無かった幼い自分を、この後思い知ることになるのだけれど。


どれほど後で悔やんでも、過ぎた時は決して戻りはしないのだった。



















稚拙な文章、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

この箱庭の世界でさえ、過ぎた時間は決して戻りません。

本当の意味で今を大切に過ごせていますか?

誰かに幸せにしてもらうよりも、誰かを幸せにできる人間になりたいと願いつつ、未熟者の筆者です。なかなか簡単なことではないです。(苦笑)

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