第二話 アークとシフォン村
シフォン村。この村のことは、別名のほうが良く知られている。その別名を風のシフォン。また風の里。
かつて、風の精霊に祝福を受けたことがあるという伝説と、風のやむことのない山々の谷間にあったという伝承。これらはよくこの世界で聞かれる唄語りや、寝物語の一つである。
と言っても、名前以外に、この村のことはあまり世間に伝わっていない。いまではどこにあるのかもほとんど知られていない。その理由の一つは村自体の場所が移動することにある。
村民は、今では僅か六百人ほどだ。木の骨組みと布で作った家に一族ごとに住み、主に草食動物の飼育と、機織り物で生計を立てている。
村民はみな小柄で、麻で作った袖口と裾が少し広がった素朴な民族衣装を着ている。胸に大きく入れられた、一族ごとに異なる絹糸の刺繍が素晴らしい。髪と瞳は、色素の薄い人が多く、男性は髪を後ろで一房に束ね、女性はみな長い三つ編みにしている。
村の起源は近隣の国々よりもずっと古く、一時は今よりはるかに栄えた時期もある。村民を率いるリーダーである村長はもちろん居るが、村の方向性は、むしろ、マーとよばれる長老の意志により決められてきた。
村の場所が不定期に変わるのは、遊牧に出している動物たちの餌場の確保のためである。だが、それだけではない。
村では、『アーク』と呼ばれている白い鳥を大切に飼育していた。
アークは飛行速度が異常に速い。それに不思議な力がある。一種の念話を交わしているとしか思えない絆で、遠く離れたアーク同士で見つけあうことが出来るのだ。この力をヒトの通信手段として利用するべく訓練をするのが村の秘められた仕事であり、訓練の為と秘匿の為に村の場所は移動する必要があった。
アークは非常に賢い鳥だ。決してヒトの操るままに飛ぶ鳥ではない。ヒトがアークを育てるのではなく、アークが指示を聞く人間を選ぶのだ。多くのアークから認められた人間だけが使い手と呼ばれ、将来的にもアークと関わる仕事をすることを許される。
風の里が存在する現在の『クレティリア王国』の中でも、アークの使い手の存在を知るのはほんの一握りで、それゆえにアークの通信手段は密書のやり取りにも最適と言えた。とくに、近隣の国々との外交問題と国内情勢の両面で多くの問題を抱えるクレティリア王家にとっては、最速の通信手段を持つというのは必要不可欠なことだった。様々な状況において、情報の速さに幾度も救われてきた。
シフォン村においても、国の中で重用されることで村は保護されていると言えた。他の街や村に比べ税も軽く、村の場所とアークの生態について世界に広まることのないよう、実は国で意図的に秘匿されていた。そのため地図にも載らず、やがて伝承の中だけの存在となっていったのである。
閉ざされた村で、古いしきたりに縛られた子供達はみな与えられている仕事の合間を縫って、使い手を目指して幼い頃から訓練を受ける。
特に外界に憧れを持つ者にとっては、唯一村を出て生きることを許される手段と言えた。
アルフォンス・ジュペは、色素の薄い髪と瞳の色を持つ村民が多い中、やや目立つ濃いめのブロンドと淡い青緑色の澄んだ瞳を持って生まれ、幼い頃から異彩を放っていた。
綺麗な顔立ちから幼い頃は女の子に間違われることもしばしばで、さらに人懐っこい性格と頭の回転の速さをうかがわせるユーモラスとを合わせ持ち、大人にも子供にも人気があった。
そんなアルフォンスも成長するにつれ、小柄ではあったが身体は引き締まり、流石に女の子と間違われることはなくなった。
幼なじみとして育った同年代の子供達の中でも、同い年のセリーナとは気があった。アークの訓練が実践的なものへと変わり、村内の指導者の一人でセリーナの長兄であるビシューと一緒に訓練する時間が増えてから、いつしかアルフォンスはセリーナと過ごすことが多くなった。
アーク使いの門戸は別に男性に限られてはいないが、セリーナは、その兄のビシューに、
「お前は向いていない。」
と言われてから、早々にアーク使いの訓練からは身を引いていた。だが、かわりに刺繍の腕を磨き、大人でもなかなか出来ないような図案を引いては瞬く間に縫い上げて、村の女性陣を驚かせていた。容姿は美少女、とはいかなかったが、良く変わる表情と明るい笑顔が愛らしく、密かに成少年連中からは人気があった。
一方のアルフォンスも、アークの使い方も同年代では圧倒的に上手く、女の子からは熱い視線を送られることも増えていった。
そんなときにはさり気なくアルフォンスはセリーナを引き立てるように動いたりして、二人の雰囲気を周囲も察するようになっていった。
お似合いの二人だった。
稚拙な文章、最後まで読んでいただきありがとうございます。