第一話 風の里
「キィッ、キィーッ」
遥か彼方から甲高い声が聞こえてくる。
目を細めて声のしたほうに顔を向けると、流れの速い雲の下を滑るように、翼を広げた白い鳥が真っ直ぐに飛来するのが見える。
餌を掴んだ左手を横に伸ばすと、わずか一呼吸のちには目前に現れて、ふわりと翼を折り畳んで止まり、こちらに向き直った。
「ご苦労様。」
声をかけて、特殊な方法で首輪に付けられた配達物を取り外してやると、任務完了、と言わんばかりにもう一声クゥと鳴いて、餌を啄んだ。
それにしても、いつもながら、もの凄い速さだ。それに賢い。
感心しながら眺めていると、直ぐ後ろの止まり木にいるもう一羽の視線を感じ、振り返って苦笑した。
「分かってるよ。」
今度は右手で餌をポケットから出して、その止まり木に備え付けられた餌受けにも入れてやると、今し方到着したばかりの左手の一羽ももう一羽の横に飛び移り、並んで啄み始めた。
広い草原を見下ろす小高くなった丘の上。青草の海原を柔らかな風が吹き抜けていく。風は、後ろで一房に縛ったそれ程長くはない金色の髪も、東に向けて細長く伸びた小柄な人影も同じように揺らしていった。
成果は上々だ。
「アールーッ。」
一人の少女が、亜麻色の長い三つ編みを揺らしながら丘を駆け上ってくる。麻のワンピースの裾が翻って、見え隠れする白い太ももに片手を添えながら、屈託のない笑顔をこちらに向けている。
「お兄様からの伝達、もう届いたの?」
「うん。」
「そっか。流石ね。」
「惚れ直したか?」
「もう、直ぐそういうこと言うんだから。」
少女は片手に持っていたバスケットを振り回すが、金髪の少年は慣れた様子で避ける。
「まあまあ。ビシューさんが、そろそろ戻れ、ってさ。そっちの片付け手伝うから、ちょっと待って。こいつら、先に帰しちゃうから。」
そう言うと、アルと呼ばれた少年は、止まり木の前に行き、口笛を鳴らして、両手の手のひらを空へ向けて挙げるように動かした。 二羽は正確に指示を理解して大空へ飛び上がる。少女はその軌跡を目で追って、溜め息を漏らした。
少年はその間にも慣れた手つきで止まり木を崩して、担ぎ上げ、少女に片手を差し出した。二人は手を繋いで丘を下る。
「お兄様が、アルは使い手に選ばれるのは時間の問題だって言ってたわ。」
「まぁ、このアルフォンス様にかかればね。余裕だよ。」
「そういう風に言われると何か素直に誉めたくなくなるんだけど。」
「ハハハ。冗談だよ。まぁ、今日の二羽はつがいだったからね。僕のチカラじゃなくてあいつらの相性のおかげさ。」
アルフォンスが小さくウインクすると、セリーナの色素の薄い茶色の瞳が柔らかくなった。
セリーナのバスケットには近くの林で拾い集めてきたアークたちの餌にもなる木の実が沢山入っている。
「あーあ、もう少し強めの風が吹いてくれないかなぁ。」
「どうして?」
「そりゃあ、セリーの足は何回でも見たいだろ?」
途端に隣の少女は真っ赤に染まる。
「…もう、アルなんて嫌いっ。」
そう言いながら、二人の手はしっかり繋がれたままで。
アルフォンスは隣のこの優しい少女の温もりを確かめるように、手のひらを意識する。
アークたちにも負けない絆が、若い二人にも出来つつある。
二人には同じ未来が思い描けていたに違いない。
…この日までは。
だが、確かな未来など、どうしてあると信じていたんだろう。
どうして僕は、君を迷わず一番に出来なかったのだろう。
君は、きっと迷わず自分の意志を貫いたのに。
無知は時に罪をおかす、ということを、僕は思い知るのだ。
稚拙な文章、最後まで読んでいただきありがとうございます。