第十四話 つかの間の日常
アルフォンスは昨日のことを考えながらも、幸せな気持ちで朝を迎えていた。
二日練習しただけで、もともと器用な彼は風の力の使い方を理解し、様々なことができるようになっていた。自らを風のように動かすことができるし、飛ぶこともできた。また自ら風をおこしてものを飛ばすこともできた。風にのる匂いにも敏感になり、動物のいる方角や花の咲いている方角が分かるようにもなった。ほかにもできることはまだまだあるだろう。どんな風に風の力を使おうか、と考えると楽しくて仕方がなかった。
ただ昨日の朝のことがやはり気になった。
お互いの気持ちはお互いが一番よく分かっていたが、それでも控えめなセリーナが自ら行動を起こすことは珍しい。アークを使うにも優しすぎて向いていないと言われていた彼女だ。里を出たいと言ったこともない。共に風の声を聴き、アルフォンスの力を見たセリーナが不安に思ったとしても不思議はないが、
セリーナの話をきちんと聞く時間がとれなかったことは悔やまれていた。
十四という年齢はこの風の里においても微妙な年齢であった。
この国での成人の年齢は十五。つまりまだ未成年。けれど成人と認められるのにあと一年と迫ったこの時期は、里の子供には進路を決める大事な時期である。つまり、アーク使いとなって、村の外で国からの依頼を受けて働くか、村に残ってアークの世話やアーク使いを育成する仕事を担うか、それとも多くの民のように村での仕事をするか。アーク使いの仕事内容は極秘任務も多いため子供達にはあまり知るすべはなく、またアーク使いとして認められるのはほんの一握りで、村の人口がどんどん減少している現在でもその門はたやすくは開かれていない。それでも、村外の世界に出てみたいと思う子供が圧倒的に多いのは、やはり風の民の本来の気質であろうか。
また男女間においても微妙な頃合いだった。大人ではない。でも子供でもない。
成人後は本人達と両家の合意があれば結婚が認められるが、男女分け隔てなく育てられるこの狭い村の中では、成人前でも恋愛感情が芽生えることは避けられなかった。しかし、狭い村では結婚は家同士の問題でもあるため、あまり表だって恋愛感情を周囲に見せることは良しとされていなかった。
アルフォンス達のようにお互いを認め合っていても、周囲もそれをなんとなく分かっているとしても、それは変わらない。一緒に過ごしたい、と思っても、ただそれだけの理由で一緒にいることはできない。
セリーナは控えめなほうだったからもちろん皆に隠れて会ってくれるような女の子でも無かった。だから、アルフォンスはできるだけ一緒にいる時間を作れるように、共同の作業があるときにはできるだけ一緒に過ごせるようにこっそり根回しをし、アークの訓練をする時も、場所を自由に選べる時には彼女に会えそうな場所を選んでいた。
その際立った容姿とユーモラスな性格で里の女の子からのアプローチを受けることも多かったアルフォンスが、特別美少女というわけでもなく、部落長の一人娘であったセリーナに構うことを、よく思わない者達もいた。セリーナが媚びているんだとか、部落長やアーク訓練の責任者の兄のビシューに取り入るためだとか、悔しさからか、そういう陰口を叩く者もいたが、アルフォンスをよく知る仲間から見れば、だだアルフォンス自身がセリーナにほれ込んで逃がすまいと必死に頑張っているだけであり、人気者の彼のそういう微笑ましい一面が、人に好かれる一因でもあった。
そしてセリーナのその控えめで思慮深く優しい性格と、明るい笑顔に思いを寄せる男の子もまた少なくなく、アルフォンスの居ないところで彼女に近づこうとする男の子もいたりして、それが余計にアルフォンスの恋心を煽っていたのである。
アルフォンスは今朝の仕事を終えて、家を出ると自然に足をセリーナの家がある方向へ足を向けていたのだが、今日は会う口実が見つからなかった。もう日も高く、直接家を訪ねては彼女に迷惑がかかるかもしれない。ビシューに訪ねるふりでもしようかとも考えたが、それでは今後余計に警戒されるようになると困る。
いろいろ考えてなんとなく歩いていると友人のロニーとであった。ロニーとは気も合うし、彼にも別に思いを寄せる女の子がいてその手の話もできる。同じアーク使いを目指すアルフォンスにとっては貴重な友人であった。
「よう、アル。昨日向こうの部落に呼ばれたんだって?噂になってるぞ」
「やあ、ロニー。早いなあ。話広がるの。」
「風使いを調べてるってのは本当か?お前、まさか…。」
「えーなにそれー。全然ちっがうよー。」
「じゃあ何だったんだ?」
「うーん、何だったんだろうね。でも試験頑張れって言われたよ。」
「村長直々にか。いいなあ。お前相変わらず余裕だな。」
「まーな。いやお前もきっと大丈夫だって。なんたってこの僕が言うんだからマチガイナイ!」
「くそ…。まあいい。それで今日はどうしたんだ?」
「…セリーに会いたいのに会えないから会う方法を探してるとこ…。」
「ククッ。アハハハッ。」
「笑うことないだろーー。お前だって…。」
「まあまあ。明後日俺実はまた一緒なんだよなー。可愛いセリー嬢と。っておい、ちゃんと変わってやるから!!」
「…、セリーって呼ぶなよ。」
「わかったわかった。でもお前もミラと一緒の時は頼むぞ!」
「僕はセリー一筋ですって。」
「分かってるけどさ、お前モテるんだから。無駄にその色気を振りまくなよ。」
「ほーい。」
「そういえば彼女、昼前くらいにビシューさんの馬に一緒に乗ってどこかへ出かける姿を見たって妹が言ってたよ。何か用事があったんじゃないか?」
「なーんだ。道理でセリーの匂いがちっともしないと思ったよ。じゃあ今日はもう帰って母さんの小間使いでもやろうかな。」
「って、匂いなんてわかんないだろ。」
はははっと笑いながらアルフォンスは帰路につく。
いつもの日常だった。
セリーナは今頃何をしているんだろうか?
明日は会えるだろうか?
考えれば考えるほど思いは募る。笑った顔。怒った顔。そして昨日の朝の…。
また思い出して赤面する。
風の力もセリーナが安心するくらい、練習して、絶対里の役に立つアーク使いになるんだ。
アルフォンスにとっては、アーク使いになって世界に出ることと、セリーナと一緒に過ごすこと。
二つの夢が、風の力を得たことでさらに手が届きそうなところまで来たと感じていた。