第十三話 運命と役割
出発前に、ビシューは手回し良くアークを使ってマーに会わせて貰えるよう頼んでいた。
内容は、「例のアークの件でマーに直接奏上したきことあり。妹を連れて行きます。」という短いものだったのだが、二人が到着した頃には、村長の家に附属して作られた風の里の寄り合い場として使われている部屋には、昨日、アルフォンスが対面したのと全く同じ面々が勢揃いしていた。
事情を知る里の者たちには、村長がマーからの指示で念のため内々に調査しているという体を装ってはいたが、村長をはじめとする上役が皆集まっていることで、いかにこの一件が里にとって重要であるかを物語っていた。それゆえ、セリーナはもちろん、その顔ぶれにビシューもまた驚いたのだった。
二人が部屋に入り、腰を下ろすと、村長が声をかけた。
「ビシュー、そちらがそなたの妹か?」
「はい。妹のセリーナ・アミエです。」
「セリーナというのか。良い名だ。軽やかで風の民に相応しい。セリーナ、ここまでの道のりは遠かったであろう。」
「風は疲れを吹き飛ばし、多くの自然の音を運んでくれました。お兄様と良い思い出が出来て嬉しかったです。」
控え目ながらも、朗らかに応えるセリーナを皆が微笑ましく感じ、緊迫していた部屋の空気はわずかに緩んだ。
村長は、間をおかず、本題に入った。
「して、マーに伝えたいことがあるというのはビシューか?セリーナか?」
「妹です。」ビシューが答えた。
「では、セリーナ、申してみよ。」
村長がセリーナに向かって言うと、セリーナはそろりとマーを見た。年老いたマーは目を伏せたまま、何も言わない。少しの沈黙の後、セリーナは意を決したように顔を上げて、口を開いた。
「アーク達もが騒ぐ力を持った者を知っています。」
「なんと…。」村長が目を見張る。
マーは目を開いてセリーナを見つめた。
セリーナもマーを見つめ返し、一呼吸置いて村長に向かって言った。
「ですがその名を告げる前に教えて下さい、その者はどうなりますか?」
先を促すように見ていた村長は、その言葉を聞き、少し怯んだように見えた。
マーが初めて口を開いた。
「この里において精霊の祝福を受けた者には、役目があるのだ。」
セリーナは続けた。
「それは、必ず果たさねばならないものなのでしょうか?本人の意思に関係なく。」
セリーナの燃えるような視線を受けて、マーに初めて表情が現れる。
わずかに目じりを下げて、こう言ったのだった。
「人が生まれ、死ぬ時を選べぬように、人は何かしらの運命を持っているもの。
中には、世界の在り様に抗えぬ運命を背負う者がおるのだ。残念ながらな。
風の民とて、然り。古の約定と今の世界の風のはざまでこの村も揺れている。
私もかつてマーとしての役割と運命を受け入れた。」
セリーナは、こみ上げる感情を必死に抑えながら聞いている。
「風の気質を受け継ぐこの里の民が、しきたりに縛られて生きるのは辛いだろう。
だが、運命だからと諦めるのと、その運命の役割を見定めて自らその道を歩むのは違う。
運命なんてと否定して生きるのと、本当に必要なことを見定めて道を違えるのもまた違う。
運命とは自ら見据えて自らが選ぶもの。精霊が祝福を与える者もまた、その力があるはずだ。」
皆がただ静かにマーの言葉を聞いていた。
この場に居る皆がマーの言葉の真意を理解できたかどうかは解らない。
ただ、セリーナは、その言葉を聞き、決心が着いた。
(ああ…、やはり私はこの道を選ぶ…。夢で見たから選ぶのではなく、私がそう決めて、未来ができるのね…。愛しいアルフォンス。いったいいつからあなたのことをこんなに深く愛してしまったのか…。それでも私は行きます。それが私にとって必要な道だから。きっといつか、私たちの道は交わるわ。それまで私は私のすべきことをします。お願い、あなたもどうかあなたにとって必要な道を選んで…。)
セリーナの目から涙が溢れる。
そして、みんながじっと見つめる中、セリーナは答えたのだった。
「精霊の祝福を受けたものは私です。」と。
皆が驚きの声を上げたが、その後の皆の反応は様々だった。
特に隣に座っていた兄のビシューは、
「お前、違うだろ…!かばっているのか、あいつを」
と声を荒げたが、セリーナは懸命に兄をなだめた。
「お兄様、違うの。本当に私は風使いなの。私は自らの意思でここに来ると決め、役割を果たすと決めたの。それに約束したでしょう。お願い。」
「お前はそれでいいのか?役目を果たすまでは家族とも、あいつとも会えなくなるんだぞ!」
兄の言うことは分かりきったことで、セリーナ自身が何度も自問自答したことだったが、セリーナの意思は変わらなかった。
「祝福を受けた者だと分かったからには、このまま帰らせるわけには行かぬ。ビシューよ、すまぬな。」
とうとう村長がそう言い、セリーナはマーの供の者たちに連れられ、あわただしく部屋から出された。
「ごめんなさい。お兄様。今までありがとう。」振り返りながら必死で言うセリーナに、ビシューはだだただ、セリーナの名を呼び続けることしかできなかったのだった。
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