第十話 ビシューとの約束
あの時はとっさに身体が動いた。セリーナ自身、何故あのようなことをしてしまったのか分からない。
何も言わなくてもお互いの想いは前から通じ合っていたと思う。けれど、今日に関しては言葉が足りなかったんじゃないか、悔やまれてならなかった。夢に見てから現実に起こるまでの時間は分からないのだ。どうしてもっと冷静に必要なことから言わなかったのか。何でも遠回しに言葉にする自分の癖が恨めしい。
風使いという立場は個人的なことじゃなく、里全体にとって重要な意味を持つということ、アルフォンスには伝わっただろうか?伝わっていなかったとしても、説明不足で理解できなかったとしても、とにかく、私を信じて欲しい。そういう気持ちが、セリーナを動かしたのかもしれなかった。
朝帰宅して、セリーナはすぐにアミエ家の長男であるビシューを捕まえ、まくし立てた。
「お兄様、アルとアルのお父様が、村長様に呼ばれたの!」
ビシューは目を丸くする。
「お前、朝早くから居ないと思ったら、アルフォンスと会っていたのか?!」
「ええ。どうしても伝えなきゃならないことがあって。」
「成人前の年頃の女の子が、何を考えてるんだ?」
ビシューは眉を吊り上げた。この長兄とは随分年も離れている上、セリーナはアミエ家でただひとりの女の子であり、その分大事に育てられていた。最近アルフォンスと良い雰囲気であることも勿論知っていたが、他の男の子よりは見込みがあると黙認していたものの、逢い引きなどはまだ許せない。
「ごめんなさい。」
兄の怒りを感じ、素直に謝るセリーナを見て、ビシューは言った。
「もう二度とするな。…で、アルフォンスが何だって?」
結局、ビシューはセリーナに甘いのだ。
「村長様に呼ばれたの。お兄様、何か知ってる?」
実は部落長を務めているアミエ家の長男であり、この部落のアーク使いの訓練の責任者でもあるビシューは、村の寄り合いにも定期的に顔を出している。
「ああ、今朝方、アークの伝書が村長から届いたからな。ジュペ家に知らせを遣らせたのは俺だ。」
「アルは何故呼ばれたの?」
「こないだ、アークが派手に騒いだ件、お前にも話しただろう。あの時、アルフォンスが小屋の前に居たことを子供達の誰かが喋ったんだろう。」
「アルはどうなるの?」
「…変なことを聞くな?何があったか聞かれるだけだよ。」
「…、お兄様、言ってたじゃない。アルが何かしてたのを見たって。」
「お前…!」
「風使いは、見つかるとこの村ではどうなるの?」
ビシューは、横を向いて、何も答えようとしない。
「…。それはお前には知る必要のない話だ。」
「お兄様、お兄様がアルのこと、村長様とマーに言ったの?」
「マー?俺はマーには最近お目通りしてないぞ。俺は村長にもアルフォンスのことは言ってない。今まで確信が無かったからな。」
顔を上げたビシューは、セリーナの顔を見つめた。セリーナが今度は目をそらす。
「お願い、お兄様。アルのことは誰にも言わないで。もう絶対、朝から独りで会いに行ったりしないから。…お願い。」
しばらくセリーナを見つめていたビシューは、ようやく口を開いた。
「分かった。村長には俺は言わない。だが、マーのことまでは責任取れないぞ。あの方は、真実を見抜く力を持っている。お前、何でマーが風使いのことを探していると思ったんだ?」
そう聞かれ、笑顔を作ってセリーナは答えた。
「何となく、そう思っただけよ。」
そう言うと、お母様の手伝いに行くわね、とセリーナは歩き出した。
ビシューはセリーナの後ろ姿をしばらく見つめていたが、それ以上は何も言わなかった。
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