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(5)

 アンジェリーヌは王宮へ招かれた。


 王座に座るエドワール四世に畏まり控える。


 すぐ隣にジャンがいてくれることで少しは落ち着けたが、やはり国王を前にして緊張は隠せない。


 エドワール四世の横には左側に王妃、反対側にはリュシアンが座っている。


「そう固くならずともよい。顔を上げなさい」


 エドワール四世に言われおずおずとアンジェリーヌは頭を起こし、壇上で腰を降ろしている彼らを見た。


「父上、これではアンジェリーヌに緊張するなと言う方が無理なこと。何も謁見の間で会うこともないではありませんか」


 ジャンはアンジェリーヌを気遣う。


 自分の妻になる人として両親に紹介するつもりだった。だがこうしてわざわざ謁見の間に通されたことに納得のいかない様子だ。


「ジャン、いいのよ。本来ならこうして口をきくことも出来ない方々なのだから……」


 アンジェリーヌは覚悟していた。


 いくら許しを得ることが出来たとはいえ、きっと快くは迎えてはもらえないだろうことを。


「確かにお前達の結婚は許した。だがアンジェリーヌに聞く。王家に嫁ぐからにはブランシェス家を継ぐ以上の重圧が圧し掛かるだろう。それを受け止める覚悟は出来ているか?」


 エドワール四世の重い言葉が室内に響いた。


 貴族とはいえ男爵で下級貴族の家柄。


 他国の王族や公爵が嫁ぐ以上の苦難が待ち受けているに違いない。


「父上、俺がアンジェリーヌに負担を掛けさせたりしない。彼女を脅すようなことは言わないで下さい」


「ジャン、言葉が過ぎるぞ」


 堪らず口を出したジャンをリュシアンが静止した。


「しかし……」


 続けようとした言葉にアンジェリーヌが首を振る。


「ジャン、いいの」


 アンジェリーヌは真っ直ぐエドワール四世を見つめた。


「私は貴族とはいえ男爵の娘。その私が王家に嫁ぐということは親との縁を切るも同然のことです。父にこの話を告げた時、父も言いました。『王家の一員になるということは二度と家の門をくぐれない、里帰りも出来ない。その覚悟があるのか』と。私は後継者に選んでくれた父に申し訳なく思いましたが、ジャン殿下と共に生きることを選びました。その代わりというわけではありませんが、私はもう二度と絵筆を持たないと決めました。貴族の仕来りすら何も知らない私です。それを学び身に付け王家に身を捧げる。それが私の示すことの出来る覚悟です」


「アンジェリーヌ、お前は絵までも捨ててしまうのか……?」


 アンジェリーヌの決意を知り、ジャンは驚愕の瞳を彼女に向けた。


 絵を描いている時の彼女の瞳が生き生きしていたことを一番知っているのはジャンだ。


 自分の妻になるために彼女の生きがいを奪ってしまおうとしていることにジャンは胸を痛めた。


「王家に嫁ぐからには学ぶべき事、やらなければならない事がたくさんあるわ。絵を描いていたら私は絵の方へ逃げてしまう。それでは嫌なの。中途半端なことはしたくないのよ」


「それで本当にいいのか?」


「ええ。私はたとえ絵を失っても、あなたとの未来があればそれだけでいいの」


 アンジェリーヌのすでに決まった心に、ジャンはそこまでして自分を選び抜いてくれたことを嬉しく思いながら、その代償の分まで彼女を守り幸せで満たしていこうと胸に誓った。


 エドワール四世が立ち上がり、アンジェリーヌの傍まで降りて来た。


「アンジェリーヌ」


 その呼び掛ける声は優しさを含んでいた。


「そなたの覚悟は聞かせてもらった。ジャンを支え、王家の一員として国家のために尽くすよう努めなさい。私はそなたをジャンの妻として、私の娘として快く迎え入れると約束しよう」


 疎まれると覚悟していたアンジェリーヌは、意外な言葉にまじまじとエドワール四世を見上げた。


 エドワール四世の笑みさえ浮かべた顔を見て、アンジェリーヌの心は徐々に喜びに湧いた。


「ありがとうございます」


 その後アンジェリーヌは王妃やカミーユとも挨拶を済ませ、謁見の間を出た。


 ジャンとリュシアン、そして彼らの片腕的存在で宰相の息子でありリュシアンが王となる時はその地位を引き継ぐだろうと思われているイレール・ロ・ソシェルも一緒だ。


 イレールは今年二十六歳になる。アランテル王国内でも明晰な頭脳の持ち主で、常に沈着冷静。胸まである銀の髪を後ろで一本に縛り、心の奥まで見透かすような灰色の瞳で物事を見定める。その姿は文官に相応しいものである。


 四人は宮廷内を歩いていた。


 アンジェリーヌに宮廷を案内しているのだ。


 前に訪れた時大体は見て回っていた。だが王族にしか入れない場所に今回は通された。


 肖像画の間もその一つだ。


 代々の国王と王妃の二人一組で描かれた数々の絵。


 アンジェリーヌは先祖が描いてきた代々の国王に囲まれるような感覚がした。


 王家の歴史とブランシェス家の歴史を一度に肌に感じた思いだった。


 重厚な雰囲気に、アンジェリーヌは息をすることさえ憚られる気さえした。


 ただ一つ、アンジェリーヌは気になることがあった。


 初代国王と王妃の肖像画。


 それを見た瞬間、アンジェリーヌは自分の胸に手を当てた。

 

 初代国王の額に描かれた自分の胸にあるものと同じ緑の石。


(私と同じもの? それとも額飾り?)


 自分以外にも宝石を生まれ持つ人間がいるかもしれない。自分だけが異端者ではないのかもしれない。稀なのだろうが他にも存在するかもしれない。


 アンジェリーヌは確かめたかった。だがその前に自分のことをまずジャンに打ち明けなくてはいけないと思った。


「ジャン、あの……この後二人だけで話したいことがあるの。時間もらえる?」


「どうした? 改まって」


 深刻そうに話し掛けてきたアンジェリーヌにジャンは不思議そうに答えた。


「大切な話があるの」


 アンジェリーヌの真剣な眼差しにジャンは頷く。


「……分かった。宮廷の案内が終わったら俺の部屋へ行こう」


 その後、宮廷内でも一番広く長い回廊を歩いている時だった。


 軋むような音と頭上のシャンデリアが揺れる音にふとアンジェリーヌが真上を見上げた時、直径三メートルはある大きなそれが落下してきたのだ。


 アンジェリーヌは目を大きく見開き身動き一つ出来ない。


 同じく異変に気づいたジャンがとっさにアンジェリーヌを庇う。


 そしてリュシアンは―――。


 リュシアンの身に異変が起こったのはまさにその瞬間。


 全身の血が沸き返るような熱を感じた。その熱が額の一点に集まったような気がした時、リュシアンの辺りが太陽の光のごとく輝いたかと思うと、シャンデリアが粉々に砕け散った。


 粒子のようにまさに粉砕されたのだ。


 誰もがすぐには声を出せなかった。


(何が……どうなったの?)


 茫然とアンジェリーヌは辺りを見る。シャンデリアの粒子が四人を避けるようにして散らばっていた。


(急に胸が熱くなったと思ったら……)


 アンジェリーヌは胸の狭間を服の上からギュッと掴んだ。突如熱を持った胸の石はまだ熱を残している。初めてのことにアンジェリーヌは戸惑わずにはいられなかった。


 リュシアンの額飾りの留め金が外れ足元に落ちた。


 その音に反応し彼を見たアンジェリーヌはその額を見て息を呑んだ。


 リュシアンの額の中央には三ミリ程の深紅の宝石が付いていた。


 飾りなどではない。額に直接埋まっているのだ。


 リュシアンはハッと我に返り額に手を当てた。


「私は……今、何を……」


 リュシアンも自分の身に起こったことに驚きを隠せない。


「殿下、神の血が赤く染まっています。シャンデリアを砕いたのは殿下の力です」


 イレールの言葉に、リュシアンは彼をまじまじと見つめる。


 その間に赤かった額の宝石が深い緑色に姿を変えた。


(色が……変化した。私のと同じ……色に)


 アンジェリーヌはジャンに手を引かれ立ち上がる。


 ジャンも目の前の出来事を信じられないように見渡している。


 アンジェリーヌはリュシアンの額の宝石を見つめた。


(初代国王の肖像画にあったのと同じだわ。もしかしたら……)


 アンジェリーヌは先程の肖像画を思い出す。


 代々の国王は皆額飾りをしていた。そして現国王も前会った時も今日も額飾りをしていた。


 していなかったのはただ一人。初代国王だけ。


(もしかしたら国王全員が額にこの石を持っていたんじゃ……。だからいつも額飾りで隠していた)


 アンジェリーヌは浮かんだ考えが正しい気がした。


「……しかし神の血は紅の女神がいなければ」


 リュシアンは呟き、ハッと気づいたようにアンジェリーヌを見た。


「ま……さか」


「恐らく間違いないと思われます」


 リュシアンの信じられないといった言葉を受けイレールが答えた。


 ジャンも二人の言葉の意味を知り、アンジェリーヌを見つめその手を握る。


(私が……どうしたの?)


 ただ一人その意味を知らず、アンジェリーヌは戸惑う。


「アンジェリーヌが……紅の女神だと?」


 ジャンが重々しい言葉で呟いた。


(紅の女神?)


 アンジェリーヌは意味を呑み込めない。


 そこに一人の大臣が近づいてきた。マルシーナ伯爵である。


「リュシアン王太子殿下。私は見ました。今のはまさしく神の血の力。するとこの方があの紅の女神なのですか?」


 この現場に通りすがりに居合わせたマルシーナ伯爵は興奮気味にリュシアンに言葉を掛けた。


 よもや目撃者がいるとは思わなかったリュシアンは、とっさにマルシーナ伯爵に詰め寄る。


「今ここで見たことは忘れなさい。他言無用に。……よいな?」


 有無を言わせない響きを含んだ声に、マルシーナ伯爵は頷くより他になかった。


 言葉にのまれおずおずと去っていくマルシーナ伯爵を見送った後、リュシアンはアンジェリーヌ達を見渡す。


「私の私室に行こう」


 大事な話があるからとリュシアンは続けた。


 アンジェリーヌを除く二人は頷いた。彼女だけが何も分からず後について行くことで精一杯だった。


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