プロローグ
物心つく頃、父親から教えられたことがある。
「その胸にある物を絶対他人に見せてはいけない。言ってもいけない。絶対だ。いいな?」
「どうしてなの?」
「普通の人にはそんなもの付いていないからだ。知られてしまえばお前は人から異形の扱いを受けるだろう」
少女は胸の狭間に手を当て不安げに父親を見上げる。
「私……普通の人間じゃないの?」
「そんなはずはない! お前は私達夫婦の実の子だ。それは間違いないのだ。……だが普通人は胸にそんな石を付けて産まれてくることはない」
少女は俯いた。
彼女の胸の狭間には生まれつき涙の粒ほどの大きさの深い緑色をした宝石が埋まっていた。
他人にはないものが自分には付いている。その事実を突きつけられ、少女はショックを受けずにはいられなかった。
どうして自分だけこんなものを持って生まれたのだろう。この石さえなければ他人と何も変わらないのに。この先両親以外の人に知られずに暮らしていけるのだろうか。
「お父様とお母様以外の誰にも見せたり教えたりしちゃいけない……のね」
少女は自分を納得させるように呟いた。
父親は少し考えた後、口を開く。
「今はそうだ。……この先、お前が大人になって誰かを心の底から愛し、愛され、結婚する時、その未来の夫にだけは教えてあげなさい」
その言葉に、少女はたった一人許された、まだ見ぬ夫に思いを馳せるのだった。