表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ありがちな日常

作者: 暗式蓮
掲載日:2026/05/01

久しぶりの休みだった。

毎日をただ消費するように生きている自分が、珍しく朝早く目を覚ました。お気に入りのパン屋さんのカレーパンを思い浮かべると、自然と身体が動いた。

シャワーを浴び、テレビのニュースをぼんやり聞きながらトーストを焼く。普段は朝食など取らないのに、休みの日だけは「まともな人間に戻ろう」と無理やり自分に言い聞かせている。

家事を終え、ふと「もう少し寝てもいいかな」と思った瞬間、あの店の焼きたての香りが胸に蘇った。

今日は少し遠回りをして、大通りから行ってみよう。そう思ったのは、久しぶりに気分が軽かったからだ。

青空の下、大通りを歩いていると、信号の前で小さな背中が目に入った。白髪のおばあちゃんが、信号が変わっても動けないでいる。

僕は一瞬だけ足を止め……そのまま通り過ぎた。

パン屋に着き、カレーパンを二つ買った。袋を提げて帰り道を歩いていると、先ほどの信号のところに、まだおばあちゃんが立っていた。一時間近く経っている。

胸の奥が、ざわついた。

「……大丈夫ですか?」

声をかけた瞬間、自分でも驚いた。普段の僕なら、絶対に声をかけなかった。

おばあちゃんは震える声で答えた。

「足を……挫いてしまって……渡れなくて……ずっと、ここに……」

その言葉を聞いた途端、胸の奥が熱くなった。

僕は黙ってその場にしゃがみ込み、背中を向けた。

「僕が、おんぶします。掴まってください」

おばあちゃんは戸惑いながらも、ゆっくりと背中に乗った。驚くほど軽かった。まるで、風に吹かれたら飛んでいってしまいそうなほど。

信号を渡り終えた後も、おばあちゃんはまだ歩けなかった。僕は迷わず言った。

「家まで、送りますよ」

道中、おばあちゃんは小さな声で何度も繰り返した。

「ありがとう……本当に、ありがとう……」

孫の話、亡くなった夫との思い出、毎朝この道を歩くのが日課だったこと。

そして、今日みたいに誰も助けてくれない日が来るとは思わなかった、と。

家まで送り届け、玄関先でおばあちゃんは僕の手をぎゅっと握りしめた。

目には涙が浮かんでいた。

「あなたみたいな優しい人が、まだこの世にいてくれて……ありがとう。本当に、ありがとうね」

その瞬間、久しぶりに自分の胸の奥が、熱く震えた。

家に帰って布団に入り、今日の一日を思い返した。

ただ少しだけ、余裕を持って誰かに目を向けただけ。

それだけで、こんなに心が温かくなるなんて。

明日からまた、長い社畜生活が始まる。

でも、少しだけ違う気持ちで頑張れそうな気がした。

僕は目を閉じながら、静かに願った。

——少しの優しさを、誰かに分け与えられるような人間でいたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ