第9話:【間幕】マッチョになった騎士団が無双する話
(騎士団長:バルド=ロークバート視点)
遠くの空に飛ぶ影が刻々と大きくなる。
その影に追われるように、地上の魔物たちが荒野を逃げ惑いながら押し寄せてくる。
咆哮と大群の足音が重なり、大地が低く唸った。乾いた空気の中、軍馬の嘶きがあがる。
これほどの規模は、騎士団長としての長い任務でも類を見ない。
今回は、相応の覚悟を決めねばならぬ戦いになる。
「まさか、モーク・グリフォンの群れとは……大変なことになりましたな」
副団長が馬を宥めながら並びかける。
発言の割に、その声音には場違いなほどの余裕があった。
「空は魔術師団に任せる。我らの戦場は地上だ」
私は魔物の群れをひと睨みし、背後の騎士たちへと振り返った。
整然と並ぶ騎士たちの姿は、以前とはまるで違っていた。
戦いの始まりを待ちわびるように、皆が戦意を昂らせ、溢れんばかりの闘気を放っている。
その目に宿る光を見た瞬間、変化は確信へと変わった。
そして脳裏には、数週間前の出来事がよみがえっていた。
◇◇◇◇
「なに? 肉の量を増やしたい……だと?」
その提案に耳を疑った。
第三騎士団長のリーネが、やや緊張した面持ちで続ける。
「はい。調理法の改善により、魔物肉を誰もが食べられるようになったのです!」
娘の言葉とはいえ、信じがたかった。
魔物肉は固く、血の臭いも濃い。あれを平然と食べられる者など、ほんの一握りだったはずだ。
だが、思い当たる節はあった。
「……例の、異世界から召喚された料理人か」
魔術師団の食事を改善し、彼らの真の実力を引き出した男。
生活習慣にまで踏み込む奇妙な料理人。そして――
「こちらがコーサク殿の料理です!」
嬉しそうに皿を置くリーネ。
悪いのは彼ではない。むしろ功労者だ。
だが、娘が男の話を楽しげに語るのは……父親として複雑だった。
「父上? 食べていただけないのですか?」
はっとして、慌てて口へ運ぶ。
その瞬間、コーサクという男への認識は一変した。
◇◇◇◇
――突如、上空を裂くゴウッという鋭い風切り音が走った。
次いで、グリフォンの群れの中心で赤白い閃光が弾ける。
予定通りの先制攻撃で、空は一層騒がしくなった。
魔術師団の合成魔法……たしか、ロング・ブレイザーだったか。
私は剣を掲げ、腹の底から声を張り上げた。
「我々は、地上を進行する魔物どもを食い止める! 街へ近づけさせるな!」
騎士たちの視線が一斉に集まる。
「空の敵は最低限でいい! あれらは魔術師団が相手をする!」
「「「おおおおおおおお!」」」
力強い喝采とともに騎士たちが武器を掲げる。
その顔つきには、かつての頼りなさや迷いは微塵もない。
肉体が育ち始めたことで、ようやく本来の覇気が戻ってきたのだ。
「全軍、進行!」
掛け声とともに、地を踏み鳴らす音が一斉に響き、騎士団が前へと動き始めた。
前方から、狼、猪、鹿、そして亜人族までもが牙を剥き、涎を垂らして突進してくる。
魔物の群れはただ本能のままに突っ込んでくる獣の奔流だ。
地響きを立てて迫ってくる相手に対し、私は前へ出て、盾列の中央に立って盾を構えた。
次の瞬間、ガンと骨のぶつかる音と共に衝撃が襲う。
盾越しに伝わる圧は確かに重い。しかし、ここで退くわけにはいかない。
私は盾の裏から肩で力を込め、揺らいだ大熊の脇腹へと一撃を叩き込んだ。
かつての騎士団で、この一撃を受けられる者がどれほどいたことか……
次々に押し寄せる魔物の合間を縫って、周囲の様子を確かめる。
騎士たちは踏みとどまり、歯を食いしばり、怒声を上げて押し返している。
軋む盾の隙間から剣が閃き、地面を踏みしめる音が連続して響く。
それらが一つにまとまり、騎士団はまさしく“防壁”と呼ぶに相応しい働きを見せていた。
魔物の突進を受け止めた我々は、じわりと前へ押し返し、前線を整える。隊列は崩れない。
むしろ密度を増し、互いの隙間を埋めるように連携して動いている。
頭上を矢の雨が甲高い音を立てて通り過ぎ、射抜かれた魔物の短い悲鳴が混じった。
魔物のたじろいだわずかな隙を見て前線の交代が行われ、隊列はその堅固さを維持する。
派手な魔法のような光も爆音もない。
ただ、鍛えた肉体と磨いた技量、そして培った連携だけで魔物を押しとどめている。
鍛錬がようやく結実した体が実現させた、理想の密集戦。
我が騎士団が、魔物と渡り合い――いや、優位に立っている。
胸が震えた。誇りと感慨が、戦場の熱気に混ざって込み上げてくる。
私はそれらを剣を握る力へ変えて、一層果敢に剣を振るった。
その時、上空に赤い光が瞬いた。リーネ隊の信号魔法だ。
「……来たか」
私は剣を振り上げ、全軍に響くよう声を張り上げた。
「全軍、殲滅に入る!」
その号令と同時に、騎馬に乗った第三騎士団が魔物の背後へと突撃する。
金床戦術――正面で押し止め、背面から叩き潰す、古来より知られる戦法だ。
かつての我々では到底実現できなかったが、今回の騎士団の戦いにあたり、リーネが“今ならできる”と引っ張り出してきた戦術である。
そのリーネの指揮のもと、第三騎士団は強固な楔となって魔物の背へ突き刺さる。
砂煙の中で剣光が乱れ飛び、勢いのまま魔物の群れを次々と切り伏せていく。
「ここだっ! いくぞ!」
背後の混乱で魔物の圧が減じた瞬間、私は盾を押し出し、一斉に前へ踏み込む号令をかけた。
前線が押し上がるのに合わせ、第二騎士団が左右へ隊列を広げ、リーネたちに引き裂かれた群れの逃げ場を塞ぐ。
魔物たちは勢いをなくし、荒れ狂う獣から、ただ押し潰される獲物へと変わっていく。
騎士たちの剣が閃き、怒号が響き、地面が震える。
その勢いは、かつての我々とは比べものにならないものだった。
そして――
「「「うおおおおおおお!!!」」」
空が静けさを取り戻した頃には、大きな勝鬨が荒野に響き渡っていた。
騎士団長はまずい肉でも平らげ続けた一握りの剛の者。
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