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給食おじさんの異世界食育 -太りたいのは分かったが、健康管理は譲らんぞ!-  作者: 泉井 とざま


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第2話:黄金色のポトフをくらえ!

 トントントン――愛用の包丁が持ってこれたのは幸いだった。

刃が野菜に吸い込まれるように入り、手に心地よい重みが伝わる。

ジャガイモにニンジン、玉ネギを大きめに次々と切っていく。


 それらを中華鍋のような、深さのある大きなフライパンでじっくりと炒めていく。

油がじゅわ、と小さく鳴り、木べらを動かすたびに野菜が勢いよく躍る。

立ち上る熱気の中、ずしりと重い鍋を腕に力を込めて振るった。


 火が通るにつれ、野菜の持つ甘い香りがふわりと立ち上がる。


 野菜はしっかりと洗い、丁寧に皮をむき、大きさも揃えてある。

同じ大きさの方が火の通りが均一になり、食味が増す。

それに、野菜の栄養は皮の近くに多いからな。当然、皮まで全部使う。

まさに“それを捨てるなんてとんでもない”ってやつだな。


 野菜が柔らかくなってきたところで、大鍋へと移し、煮込む。

そこで、手についた水気を払うようにパンパンッと軽く叩き、ひと段落つける。

給食センターでは、作業の区切りはいつもこうだった。


 あとはこの”特性スープ”でじっくり煮込めば完成だ。

ポトフはいい。栄養も旨みも、全てが一皿に詰め込まれている。


 沸き立つ湯気の中、野菜が静かに揺れる鍋をじっと見つめ、灰汁をすくう。

背後では、教えた手順をなぞるように現地の料理人たちが忙しなく動いている気配がする。

手慣れた作業をこなしながら、俺はふと、数日の出来事を思い出していた。


◇◇◇

――あの日、俺はハゲ先生と一緒に、魔術師団の執務室を訪ねた。


「飯なんぞ、変えんでよいっ!」


 長い白髭に、深いシワの刻まれた険しい顔の怒った老人。

それが、魔術師団長ゲルハルト=ヒルゲルソン――ヒゲ爺さんの第一印象だった。


 ヒゲ爺さんは、ハゲ先生の話を最後まで聞くことなく怒鳴りつける。

俺たちはあっという間に部屋から追い出され、扉がバンと硬く閉められた。


「……な? ずっとこの調子で話しすら聞かんのじゃ。あの頑固爺は」


 ハゲ先生がため息をこぼす。

が、俺はその時、別のことを考えていた。


 ヒゲ爺さんだけじゃない。

魔術師団の誰もが、目の下に濃いクマを作り、頬のこけたやつれた顔をしていた。

細い体をふらつかせながら歩き、睡魔と格闘しながら仕事をしているようだった。


 清貧を旨とするとは聞いていたが……いや、これはさすがにやりすぎだろ。


 栄養が足りないのは当然だが、それだけじゃない。

休養も足りないままに、体を酷使し続けている。

あの状態で魔物と戦っているなんて、頭が下がる。


 だが、これは何とかしてやらないと。


 誰かが倒れるのも時間の問題だ。

ハゲ先生の頼みじゃなくても、こんなのは放っておけない。


 その時、胸の奥で何かがカッと燃えた。


◇◇◇

――そんなことを考えているうちに、十分な時間が経つ。


 味を整え、鍋を火からおろす。

試食用の皿を並べていると、二人が姿を見せた。


「それで、このスープを作ったって訳ね」

リーネさんが、よそわれたポトフを興味深そうに覗き込む。


「ふむぅ……もっとこう、肉とか食わせんでいいのか?」

顎を擦りながら皿を眺めるハゲ先生は、どこか不安げだ。


「これでいいんだよ。最初はな」

腰に手を当て、ニカっと笑って返す。


 聞いたところ、魔術師たちの食事はいつも野菜のスープとパンだけらしい。

しかも量も少ないときたら、いきなり重い料理を出しても確実に食えない。


 だからまずは“食べてもらう”ところからだ。

料理を食べてもらわなければ、何も始まらない。


「まぁ、とりあえず、一口食べてみてくれよ」


 二人がスプーンを手に取り、そっと口へと運ぶ。

食材はここにあるものだけ。見た目は、いつもの野菜スープと大差ない。


 多分、それくらいの認識なんだろう。

だが、こちとら十五年以上、給食センターで大鍋を振るってきたんだ。

ただの野菜スープで終わらせるつもりなんてない。


「こ、これは……!」

「おぉ……なんとっ!」


 驚きの表情を浮かべる二人に、自然と顔がほころぶ。

よし、この反応なら大丈夫だ。


 試食が終わると、間を置かず夕食の時間がやってきた。

いよいよ魔術師団全員に、このポトフを出す番だ。


 鍋を軽く温めなおしていると、食堂に魔術師たちが集まり始める。

厨房一丸となって、温かい料理を素早く配膳していく。


 待ってろよヒゲ爺さん。

お前の腹も、しっかり満たしてやるからな。


「……いつものスープより具がでかいではないか」

皿を受け取ったヒゲ爺さんが、眉をひそめてポトフを見下ろす。


 皿の中では、黄金色のスープが静かに湯気を立てていた。


「そ、それが“よく噛むと刺激で脳も活性化する”とかいうハーゲル様の話でして……」

付き人さんが、どこかぎこちなく説明してくれる。

俺は厨房の陰から、その様子をじっと見守っていた。


「フン、そんなことで変われば苦労せんわい」

口ではそう言いながらも、ヒゲ爺さんはスプーンを手に取り、ゆっくりと口へ運んだ。


──その瞬間、わずかに目が見開かれた。


どうだ? 旨いだろ?

いつもの塩味だけの野菜スープじゃない。

野菜くずと骨から取った“ブイヨン”は、段違いだ。


 野菜の栄養は皮付近に多い。

つまり、その皮やヘタこそ栄養と旨味の宝庫。


 さらにガラや骨から染み出した出汁と脂。

疲れ切った体が、本能で求める“動物の旨さ”がある。


 ヒゲ爺さんだけじゃない。

周りの魔術師たちも、何も言わず、黙々とスプーンを動かし続けている。

口に入れた具材を咀嚼し、嚥下し……ホッと一息つく。


 食堂のあちこちで静かに重なっていく小さな一息が、食堂の空気を少しだけ温める。


 むっつりとしたままだが、背中を丸めたままのヒゲ爺さんも匙を止めない。

その姿を見て、俺は胸の奥で小さくガッツポーズを取った。


 皿に盛られた具の数は少なく、お替りを望む声も上がらない。


だが、それでいい。

長年の粗食で、彼らは“食べられない”体になっている。


 だから、少しずつ、少しずつ量を増やしていけばいい。

具材の数を、種類を増やし……いずれは肉入りスープを出す。

このポトフから、あの痩せ細った体を少しずつ満たしていくんだ。


 空になった皿を見つめながら、俺は確かな手ごたえを感じていた。

俺の食育の第一歩は、今、動き出した。


 食べることが軌道に乗れば、次は、休むことだろう。

食べた後は寝るって相場が決まっているもんだろ?


 しかし、この真面目すぎる連中を休ませるか……さて、どうしたもんか。

皿を洗いながら、俺は頭を悩ませることになった。

味がよくしみた葉野菜と玉ねぎが好きです。

☆や感想を頂けましたら、これ幸い。


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