第1話:異世界召喚……って、痩せすぎだろ!
数多の物語より出会えた、めぐり合わせに感謝を。
精一杯綴らせていただきました。
前作「迷宮実話 -命の対価は恥で払え-」もよろしくお願いします。
眩い光に目を細めた次の瞬間、目の前に転がっていたのは──骸骨みたいに痩せこけた老人たちだった。
「おぉ……召喚……成功じゃぁ……」と震えながら呟いた老人が、そのまま崩れ落ちる。
「おい爺さん! ちょ、待て、しっかりしろ!」
思わず駆け寄ろうとした瞬間──
「動くなっ!」
眼前に鋭い刃物――剣が突きつけられる。
細剣を構える銀髪の女性の目つきは鋭い。
「ま、待ってくれ! 何もしねぇから!」
必死に叫びながら、ゆっくりと両手を上げる。
激しい動悸の中、必死に目は走らせる。
石造りの広間、鎧の男たち、足元の魔法陣──何が何だか分かんねぇよ!
「待つんじゃぁ! リーネ殿!」
地面に這ったままの老人が、喉をからしながら叫んだ。
「そやつは……儂らが求めた……食の……改、革……」
そこまで言うと、再びぐったりと意識を失った。
しばらくの間、誰も動かなかった。
やがて、リーネと呼ばれた女性が迷うように剣を下げる。
「……失礼した。場所を移す。詳しい話はそこで聞く」
硬い声のまま、彼女は踵を返して部屋を出ていった。
何も分からないが──とりあえず、一命はとりとめたらしい。
俺は大きく息を吐いてその後に続いた。
◇◇◇
──しばらくして。
案内された小部屋で、俺とリーネさんは向かい合って座っていた。
「つまりシナモリ殿は、その……ニホンからこの地に召喚されたと」
「はい……その通りです」
出された紅茶を啜りつつ答える。
根掘り葉掘り聞かれると思ったが、質問は意外と少なかった。
名前は品森 康作、40歳。
給食センターで料理人をしていたが、最近、廃校で職を失ったばかり。
部屋でくつろいでいたら、突然、眩い光に呑まれた。
気づいたときには、この世界に立っていた。
抱えていたのは、咄嗟に掴んだ仕事道具の詰まった段ボールだけ。
俺が答えたのは、せいぜいこれくらいだ。
メモを取り終わったらしいリーネさんも、紅茶で一息入れる。
そして暫くの沈黙ののち、気まずそうに頭を下げた。
「その、先ほどはすみませんでした。あのように失礼な態度を……」
「いやいや、気にしないで。いきなりこんなおっさんが現れれば、誰だって驚くよ」
「……寛大なお言葉、感謝します」
リーネさんは胸の前で手を重ね、深く息を吐いた。
……まあ、こっちだって内心は驚きっぱなしなんだが。
異世界なんて小説やゲームの中だけだと思っていたのによ。
「こちらの事情もお話しします。」
「お願いします……」
居住まいを正し、改めて向き合う。
異世界だろうと何だろうと、まずは話を聞くしかない。
「ここシルドノールは、モークウッドと呼ばれる魔物の森に最も近い都市です」
「ま、魔物っ!?」
背中を冷たい汗が伝う。
ゴブリンとかオークとか……いや、ドラゴンなんてのもいたりするのか?
勘弁してくれ。何の力もないおっさんが、生き残れる世界じゃないだろ、これ。
リーネさんは、そんな俺の動揺を見て、少しだけ苦笑した。
「ご安心を。騎士団も魔術師団も常駐していますし、戦線は安定していますから。ただですね……」
そこで、ほんの少しだけ言いにくそうに視線をそらした。
「召喚では、食の研究に使える種や動物を呼び出す予定だったんですが、なぜか、人間である貴方が召喚されてしまって、あのような騒動に……」
「おそらく、この地の者が“食”にあまり興味を持たんせいじゃろう」
「グランツ先生! 起きてらしたのですか!」
ソファに寝込んでいた老人がヨロヨロと起き上がる。
体はどう見ても限界なのに、目だけがやたらとギラついている。……なんだこの人。
「儂はグランツ=ハーゲル。魔術師団の研究局長をやっとる」
局長と聞いて慌てて姿勢を正そうとした俺を、禿頭の爺さんはひらひらと手を振って制し、ぺこりと頭を下げた。
「此度はお主にも迷惑をかけたな。研究のためとはいえ、召喚などという古い魔法に手を出した儂の責任じゃ……」
そう言いながら、爺さんはテーブルの水を飲み干し、固いパンをちぎって口に運んだ。
もそもそと口を動かし、ようやくと言った感じで飲み込むと、話を続けた。
「今回の召喚は、儂らの研究――“軽代償”の実証のためでもあったんじゃ」
「研究……ですか」
魔術に研究……いったい俺は、何に巻き込まれたんだ?
「うむ。血や命……古来より強い魔法には代償がつきものじゃ。その代償を軽くし、使いやすくするのが儂らの研究じゃ」
「代償って、軽くてもいいもんではないだろうに……」
「まあの。髪や髭なんかでも試したが、再生が遅くての。ご覧のあり様じゃ」
そう言って苦笑いを浮かべた爺さん――いや、ハゲ先生は、萎びた手でつるりとした頭を撫でて見せる。
「結局は、体につく余分な肉を代償とすることにしたんじゃ。肉なら食って太ればよいだけだからの」
確かに余分な脂肪を使えるなら、髪なんかよりは効率はいい……のか? よくわからんな……
「じゃが、ゲルハルトの爺め! あやつ、儂のいう事を聞きもせん! じゃからこうして、少人数で召喚をやってみせて……!」
ハゲ先生はパンを噛みちぎりながら、まだモゴモゴと文句を言い続けている。
「ゲルハルト様は魔術師団の団長です。その、グランツ先生とはあまり仲が良くなくて……」
憤るハゲ先生を横目に、リーネさんが小声で教えてくれた。
「魔術師の間では“強い魔力は高潔な精神に宿る”とされて、皆、清貧……全く飯を食わん!」
パンを握りしめたまま、立ち上がった爺さんが声を張り上げた。
「この召喚で証明してやるつもりが……っ、ゴフォッ!」
興奮しすぎか、食いながらか、ゴホゴホと咳き込みながら、ハゲ先生の震える手が、助けを求めるようにこちらへ伸びてきた。
「お、おい。大丈夫か爺さん!」
慌てて水を差し出しながら、俺は黒パンを見て眉をひそめた。
……こんなもんをそのまま齧るから喉も詰まるし、栄養も足りねぇんじゃないか?
「すまん、ちょっといいか? 話より先に、爺さん。まずはあんたの食事を作ろう」
段ボールの中から、つけ慣れたエプロンをひっつかんで素早く纏う。
研究室の隅に備え付けられたのは簡易キッチン──十分だ。
鍋にミルクを入れ、弱火でゆっくり温める。
黒パンをナイフで削ぐように細かくしながらミルクへ落とし込み、木べらで丁寧に混ぜる。
湯気が立ち、ミルクの甘い香りがふわりと広がったところで、蜂蜜をひと匙。
水で戻したレーズンを潰すように細かくして散らせば──完成だ。
疲れた体に沁みる、即席のミルクポリッジ。
「これは……粥かの? にしては甘い匂いがするのう」
ハゲ先生が一匙すくって臭いをかぎ、しげしげと見つめる。
「ん? 珍しいのか? 疲れたときには甘いのがいいんだよ」
席に戻り、毒見も兼ねて先に口へ運ぶ。
ミルクとはちみつの優しい甘みが、柔らかく煮込まれたパンからじんわり染み出す。
その中にレーズンの酸味がふっと顔を出して、ちょうどいいアクセントになる。
「それに、パンに蜂蜜、ミルクに干しブドウ──大したもんは入れてない」
「うむ……わかった」
ハゲ先生は意を決するかのように一つ頷くと、ふぅふぅと冷ましてからポリッジを口へと運ぶ。
咀嚼して数瞬――カッと目が開いた。
「うまいっ! こりゃうまいぞ!」
ハフハフと暑さに苦戦しながらも、匙を運ぶ勢いは増していく。
最後にゴクゴクと水を飲み干すとハゲ先生は突如、俺の肩をガシリと掴んだ。
「お主……いや、コーサク殿! 儂んとこの食堂で働いてみんか?」
呼吸を整え、目だけギラつかせたまま、ぐっと顔を近づけてくる。
「ハ……爺さんのってことはつまり、魔術師団の料理人ってことか?」
ハゲ先生は、戸惑う俺にさらに顔を近づけ、叫ばんばかりの勢いで続けた。
「そうじゃ! 儂ら魔術師を……いや、ゲルハルトの爺めを太らせてほしいんじゃ!」
現世では、学校給食にこだわりすぎて再就職もうまくいかなかった。
だが異世界に飛ばされてまで、料理人として必要とされるなんて、これも運命なのかもな。
……悪くないじゃないか。
「いいぜ。爺さん……」
胸の奥で、何かがカチリと噛み合った気がした。
けどな、“太りたい”だけのために料理なんて作らねぇぞ。
食わせる以上は、健康も責任も全部ひっくるめて面倒を見る。それが俺の信念だ。
ハゲ先生の近い顔を、そっと押し返す。
俺はゆっくり立ち上がると、右腕で力こぶをぐっと作って、ニカッと笑って言い返した。
「太りたいのは分かったが、健康管理は譲らんぞ!」
まずは、魔術師団長ゲルハルトをどう太らせるか……だったな。
ちょうどいい。
みんなまとめて食育してやる!
おじさんにチートなスキルや才能はありません。
☆や感想を頂けましたら、これ幸い。




