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8.化け物の集まり

「ああ、フィ、良かった。目が覚めたんだね」

「……ッ……とても、とても怖いものを見た気がします……」


 僕は無言で目をそらした。今、僕たちは迷宮内の川辺りにいた。


「しかし、迷宮内に川なんてあるんだね……」

「……ッ! クスノキ様! 服を着てください!!」

「え、あ、ごめん!!」


 上裸はどうやら駄目らしい。川で多少落としはしたが、それでも明らかに返り血に染まっている上着を着る。


 帰ったら捨てよう、これ。


 フィは血に染まった服を着ている僕を見て、げんなりとした顔をしている。どうも洞窟で何があったかをしっかり思い出したようだ。


「クスノキ様……その、申し訳ありませんでした……」

「いや、こっちこそごめんね。あまりにも無神経だったよ」

「いえ、守って頂いてるのにあの反応は到底許されません……ところで今更なんですが、ここは?」

「あー、僕もあまりよく分からないんだ」


 そう正直に白状した。


 洞窟でフィが気絶した後、僕はフィを抱えながら一度洞窟を出て辺りを散策していた。


 幸い、襲ってくる魔獣はフィを抱えながらでも問題なく処理できた。


 そして洞窟を見失わないようにしつつ辺りを散策していたら、迷宮内で川を見つけ、そこで腰を下ろし今に至るのだ。


 川にいた魚──多分襲って来たから魔獣だろう奴を焼いて食べる。


 魔獣を食べるのって大丈夫なのだろうかと、今更ながら思い、食べながら無言でフィの方を見る。


「大丈夫だと思いますよ。一部魔獣を食用にしているのはよく聞きますし」


 それでもフィは食べなかったあたり、この魚型の魔獣は食用としては流通していないのかもしれない。


「味は悪くないけど……いかんせん見た目というか顔が良くないね」


『今からお前を食い殺す!!』と言わんばかりの殺意を感じさせる顔立ちをその魚はしていた。


 剣を当てたら一撃で動かなくなったが。


 フィに何か食べなくて大丈夫かと聞くと、「大丈夫ですよ。多少食べなくても平気なんです」と、彼女のこれまでを考えると全く笑えない自慢をされてしまった。


「さて、休憩も十分とったし。洞窟探索、再開するかい?」

「はい! 今度こそ大丈夫です!」


 気概は十分であった。



 ◆◆◆◆◆



 湿ったカビの匂いのする洞窟を進む。


 道中には派手に殺された無貌むぼうの死骸が幾つもあった……ダレガヤッタンダカー


 奥に進めど、宝箱の様な物も無ければ、無貌むぼうも他の魔獣も居なかった。


 違和感を感じ始めた時にはもう遅かった。

 僕たちは洞窟の最奥らしき広い空間に出ていた。


 奥の方で何かが蠢く。


 青白く、湿っていて、毛のない肌をした化け物──無貌むぼうがそこには居た。


 咄嗟にフィを空洞の入口まで下がらせる。


 確かに無貌むぼうではあるのだが……今までの奴らとは明確に違いがあった。


「集まって……固まってる?」


 ゆっくりと無貌むぼう達は体を起こしていく。


 人、狼、人、狼、狼、蛇、人、よく分からない何か、蟲──とにかく多くの無貌むぼうが一つに溶け合いながら蠢いていた。


「────ッ──────!!!!!」


 無貌むぼう共の集まり……「無貌むぼうしゅうってところかな」なんて気の抜けた思考は、やけに甲高い咆哮によって吹き飛ばされる。


 明らかにあれは普通じゃない。


「特殊個体って奴なのか……?」


 答えは無い。代わりに無貌の衆はその知性を感じさせない動きをしながら、こっちに迫ってくる。


 明らかに単体の時より早く、かろうじでその波のようなものを避け、即座に態勢を立て直す。


 集まっているうちの一体の頚椎を冷静に貫いた──しかし、頚椎を貫いた部分が動かなくなったりするようなことはなかった。


 そこからはもう防戦一方だった。


 波のように迫り続ける無貌むぼうの衆。

 反転が遅いのが唯一の救いだ。


 しかし、状況は良くなかった。


 頚椎を刺すのは効かず、相手に掴まれたら何をされるか分かったものではない。もし、素体より動きが鈍い代わりに力が強くなっているなんてことがあったら、人型の奴に掴まれただけで終わりだ。


 空洞内をぐるぐると走り回り、何とか無貌の衆の波から逃げ続ける。

 しかし、体力的に限界が近くなり足が縺れた。


 その隙を見逃す程甘い存在ではなかった。一番近くの人型の無貌むぼうが上半身をこちらに引き伸ばし、襲いかかってくる。


 僕はその手を冷静に叩き切った。


 そして気づく。


 切り落とした手は動かず、再生もしない。しかし、本体が触れると飲み込まれて切り落とした手が生えてくる。


 つまりは、切り落とし続ければ小さくなるということだ。


 勝ちの目が見えると同時に、今まで愛用していた手元のなまくらが憎らしくなってくる。


「この剣じゃっ! まともに切れやしない!!」


 息はどんどん上がっていく。口の中に血の味がしてくる。


 無貌むぼうの衆は、これといった変化はなく、ひたすらこちらに向かって迫り続けていた。


 何にでも限界というものはある。


 特に僕は元々運動が得意な訳ではなかった。


 動き続けていて酸欠になり、頭にモヤがかかり始める。


「シャトルランみたいだな」


 なんて下らない言葉が口から漏れる程には参っていた。


 走り出そうとして、左足が動かず目をやる。一瞬思考が止まった。


 次の瞬間、左足が潰されるような激痛が走った。


 人型の無貌むぼうに足を掴まれていた。そして何より、嫌な予想は的中し、無貌むぼうは明らかに人のものとは思えない握力をしていた。


「ッッ! がぁあ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 左足が軋み、激痛が走った。半狂乱になってデタラメに剣を振り回そうとする。


「クスノキ様!!」


 しかし、フィの声で何とか冷静になった。


「っあ……来るな! そこに、いろ!!」


 今まで必死に声を抑えていたフィが耐えきれずこちらに駆け寄ろうとするのを、僕は必死で静止した。


 左足の激痛はさらに強くなる。骨が割れる音がする気がした。幻聴か本当かは確かめようがない。


 そして、無貌むぼうの衆共が覆いかぶさってくる。


 ──あ、取り込まれる。


 抗おうとはしたが、なまくらを振り回したとて何にもならなかった。



 ◆◆◆◆◆



 首筋に嫌な気配を感じ、咄嗟に抑えた。


 案の定、何かが首筋に迫っていた。


 左足は痛むが、どうももう掴まれてはいなかった。


 咄嗟に状況を確認する。


 血生臭く、ドロドロと生暖かい何かの中にいた。


 ──ああ、無貌むぼうの衆の体内ナカか。


 咄嗟に力が抜けた。ああ、このまま死ぬんだろうか。


 溶かされる? 取り込まれる? 


 まぁ、死ぬことには変わりない。


 ()()───


 死ぬ、つまり帰れない。


 ()()()()のだ。


 それだけは、絶対に、死んでも嫌だった。


 首筋を抑え、身を捩り、手足を闇雲に動かした。すると、首筋を抑えている左手に痛みが走った。何かが入り込もうとしていた。


 左手の感覚が無くなり、ついに首筋に鋭い痛みが走った──それとほぼ同じタイミングで、僕の右手が何かを掴んだ。


 それを握りしめると、周りにまとわりつくモノをすべて切り払った。


 掴んだもの──それは、剣だった。


 べしゃり、と情けない音を立てて、体内ナカから脱出した。


 目の前には、今にも泣きそうになりながら、それでも声を出さないようにと手を噛み締めるフィがいた。


「あはは、大丈夫。何とか生きてる、よ」


 無理やり体を起こす。全身が悲鳴を上げている。


 それでも、勝つ自信があった。


 右手にある剣がある。これがあれば、あの化け物を切り刻んで、切り刻んで、切り刻んで、殺せる──そんな確信があった。


 右手の剣を握りしめる。

 左足の痛みを無視して走り出し、フィから離れる。


 巻き込む訳にはいかない。


 どれだけ多くいようと、所詮は死骸に寄生する化け物だ。

 やってくることは変わらない。

 横に広がり、波のように迫ってくる。


 化け物共の端まで走り、そこから切り落としていく。


 派手な剣術も、卓越した技能も無い。

 堅実に、切り落としていく。


 幸い、戦っている場は広い。


 切り落として立ち回りに気をつければ、

 ある程度、再吸収を抑えられる。


 心身の悲鳴を、全て理解した上で無視する。


 最優先は──目の前の化け物を殺すことだ。


 全体のサイズが三分の一辺りになってきた辺りで、

 立ち回りを変える。


 正面戦闘だ。


 他の無貌むぼうと同じように、

 本体がいるのは、飲み込まれた時に何となく分かっていた。


「さっきは、よくもやってくれたなぁ!」


 いつの間にか、ぐずぐずになっている左手を一瞥する。


「──ッ───!!」


 化け物共は咆哮し、突っ込んでくる。

 それに、防御を捨て、真正面から飛び込む。

 中心部に向かって、邪魔なものを切り払っていく。


 届く──


 脈打つ、大きな白い芋虫が、そこにはいた。


「絶対に、仕留める!!」


 崩れた左手を酷使し、剣を両手で持つ。


 強く、強く踏み込み、

 剣を切り上げ、

 芋虫を真っ二つにする。


 周りの無貌むぼう共が溶けていく。


 これで────終わり。


 フィが駆け寄ってくる。

 ああ、酷い顔をしている。


 刹那、フィに迫る凶刃が目に入る。


 音への反射か、あるいは最後の抵抗か──


 それを僕は、身をもって庇った。

 背中の痛みは一瞬で──

 すぐに目の前が真っ暗になった。


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