7.恐怖の洞窟
赤い森を抜けてから、しばらく歩く。
相変わらず化け物──魔獣共は、フィばかりを狙って襲いかかってくる。
赤い森にはムカデのような蟲しかいなかったが、蜂、蜻蛉とバリエーションが増えていた。
無論、蟲だけではない。
以前襲ってきた灰狼や蛇、猪が襲いかかってくるが、どれも苦もなく撃退できていた。
毎日剣を振り続けていたからか、僕も多少は成長していたようだ。
「これなら、もっと早く赤い森から出とくべきだったかなぁ……」
そんな無駄な後悔を呟くくらいには、余裕があった。
「クスノキ様は、何故あの赤い森ばかり行くのですか?」
「あー、あそこね。元々は特殊個体? だかが居たらしくて、探索者も魔獣も明らかに少なかったんだ」
「なるほど……安全で、人がいないなら、それに越したことはないですね……」
「ま、そのせいで大して稼げずにいるわけだから、こうして出てきたんだけど──ねっ!!」
飛びかかって来ていた灰狼の頭を砕き、慣れた手つきで牙と目を抜く。
ふと、茂みの奥の岩場に洞窟があることに気づいた。
「あれは確か──」
行き止まり
あるいは、派生迷宮と呼ばれるものだろうか。
迷宮といえど、ただ下に降りていくだけではない。
大本から枝分かれした、大小様々な迷宮が多数あり、それを迷宮同盟は派生迷宮と、探索者達は行き止まりと呼んでいる──らしい。
というのも、全て酒場で話していたのを、以前盗み聞いただけだから、どこまで信じていいかは微妙だ。
何がいるか、何があるかは定かではない。
何より今、自分は一人ではない。
横にいるフィのほうを見る。
「私は、行くべきだと思います……このままじゃ、クスノキ様の願いは、いつ叶うか分かったものじゃありません」
なんと厳しくて、それでいて優しい意見だろうか。
「僕よりも僕のことを考えてるんじゃないか?」という言葉を飲み込み、洞窟のほうへ歩みを進める。
頭に優先順位を叩き込む。
──フィの安全が第一。
金も、僕の身も二の次だ。
◆◆◆◆◆
普段探索している一層は、全体的に空気の澄んだ森や平原で、それはなぜか地下のはずなのに晴れ渡っている。
そのため、今潜っている湿ったカビの匂いのする洞窟というのは、それだけで不気味だった。
洞窟の入り口には『迷宮十五区派生迷宮 無光洞穴』と書かれていた。
「名の通り真っ暗だし、嫌な雰囲気だな。フィ、離れないようにね」
「は、はい」
フィは僕にしがみつき、僕は右手に剣を、左手にランタンを握り締めながら慎重に進む。
前方の岩陰に、蠢く何かが見える。
ソイツは青白く湿っていて、毛の生えていない肌をした人型の化け物だった。
ソイツと目が合う──人の顔に当たる部分は、口以外が退化していた。
「ひっ! む、無貌……」
そっとフィを自分の後ろにかばい、聞く。
「無貌って名前なのか、あの化け物は」
「多分、そうです。昔、父が……洞窟にいる白い、口だけの魔獣、無貌には気をつけろと言ってました……見るのは、初めてです」
そう言うと、フィは僕の服をギュッと掴んだ。
そうしてくる気持ちは、よく分かった。
眼前にいる魔獣、無貌は、この洞窟という場所の雰囲気も相まって、目を背けたくなるほど不気味だった。
思いつきで、足元の石を無貌の後方に投げ込む。
無貌は、石が落ちた方を振り向く──予想通りだ。
背中を向けた無貌の後頭部に、剣を叩きつける。
人型なのに全く躊躇がなかったのは、そのあまりにも不気味な見た目のおかげだろう。
倒れ込む無貌。
しかしすぐに、何事もなかったかのように起き上がろうとする。
「本当に化け物じゃないか!?」
声を荒げながら、頭を原型がなくなるまで潰す。
しかし、頭が完全に潰れてもなお、立ち上がろうとする。
結局、無貌の体中に剣を滅多刺しにして、やっと動かなくなるほどには、しぶとい化け物──魔獣だった。
本当にこれは魔《《獣》》なのだろうか。
一息つく間もなく、洞窟の奥から、さらに三体の犬型の無貌がこちらに走って飛び掛かってくる。
咄嗟にフィと距離を取り、大声で叫ぶ。
「フィ! こいつらは多分、音に反応してる!!
僕が片付けるまで、隅で静かにしてろ!!!」
大声で、無貌共に敵はここだと誇示するように。
案の定、三匹ともこちらに真っ直ぐ飛び掛かってくる。
一見、その見た目から恐怖心を煽られるが、実際は大したことはない。
少なくとも狼型の無貌は、本来より明らかに動きが鈍く、ぎこちなかった。
頭──ではなく、横薙ぎで足を叩く。
いかんせん剣の切れ味が悪いため、切り落とすことができない。
それでも、動けなくするには十分だった。
足を使い物にならなくされた三匹の狼型の無貌が蠢くさまは、精神がガリガリと音を立てて削れていく錯覚を覚えるほどだった。
気持ち悪いこと、この上ないのだが……
あることを確かめるために、一回一回、丁寧に剣を刺していく。
僕の足元では、白くて湿った化け物が、血で赤く染まりながら蠢いていた。
向こうでは、フィがうずくまって震えていた。
◆◆◆◆◆
あの化け物──無貌を滅多刺しにして分かったことがある。
この化け物は、れっきとした寄生型の魔獣だということだ。
首と背骨の間──頸椎のあたりを刺すと、無貌はすぐに動かなくなった。
次に、そのあたりを切り開いてみると、白い芋虫のような生き物が、そこにいた。
その白い芋虫を引っ張り出すと、体のほうは動かなくなった。
種さえ分かってしまえば、怖いものでもない。
音を立てておびき寄せ、足を叩き折り、頸椎のあたりを一突きする。
人型も狼型も、関係はない。
そして、最後の一匹であろうやつの首を切り開き、無貌の本体を引っ張り出して、瓶に閉じ込める。
もしかしたら、売れるかもしれない。
ただ、無貌がもう怖くないのは、あくまで正体を見破り、割と簡単に殺せると理解している僕だけであって、フィは別だろう。
少し遠くの方で、うずくまって震えていたフィに優しく話しかける。
「一応、近くの無貌は全部倒したけど……どうする? 一旦、今回は引き上げる?」
フィは、しばらく沈黙した後、静かに首を横に振った──やはりフィは強い。
「じゃ、先に進もう」
そう言って、フィの頭を軽く撫でる。
しかし──
恐る恐る顔を上げたフィは、僕の姿を見るなり、小さく「ひっ」といい気絶してしまった。
僕は、倒れるフィを咄嗟に支え、ゆっくりと横に倒す。
そして、自分の姿を確認する。
そこにいたのは、血の滴る剣を握り、返り血に染まった──どう見ても殺人鬼にしか見えない男だった




