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6.二人パーティー

 空が明るくなってきた頃合いでフィが目を覚ます。


「おはようございます、クスノキ様。その……大丈夫でしょうか?」

「ああ、大丈夫。以前から夜更かしはよくしていてね」


 そう言って僕は、フィの「本当に寝なくて大丈夫か」と心配している視線をそのままに、荷物の確認をし、出発の準備をする。


「寝起きで申し訳ないけど、早速迷宮に行こうか!」

「は、はい!」


 少々危険だが、フィにも迷宮についてきてもらう。

 荷物持ちというやつだ。単純に持ち帰れる戦利品が増えれば、儲けも増える。

 幸い、この世界では探索者が奴隷を荷物持ちとして使うことは、珍しいことではないようだ。


「まぁ、フィのあの言い方と、この世界の雰囲気からして、捨て駒という役割もあるのだろうけど……」


 この世界では奴隷は消耗品として扱われている。


 フィは昨日そのように言っていた。

 そしてそれは、暗に人前では『奴隷である私の扱いには気を付けてくださいね』という嫌な気遣いが含まれていたように感じた。


 昨夜、僕はフィにこの世界の常識を色々教えてもらった。

 教えてもらう中で、これではどちらが主人か分からなくなってくるほどには、僕はこの世界のことを知らなかった。


 この世界の名前は、忘終ぼうしゅうの地キャターサと言うこと。

 迷宮は十層構造で、最奥にたどり着けば願いが叶うと言われていること。

 探索者は、語り継がれる英雄のような存在から、人殺しの犯罪者まで色々いるということ。


 そして何より──()()が存在するということ。


 無論、魔法が存在するのは、あの腐れトレントを吹き飛ばした際に何となく察していた。

 しかし、あれ以降魔法を実際に見る機会がなかったため、どのようなものかは全く分かってはいなかった。

 残念ながら、フィも魔法については詳しくなかったため、魔力がある程度ないと魔法は使えない、という以上のことは何もわからなかった。


 考え事をしていると、いつの間にか迷宮の入口に着いていた。


「今日の目標は銀貨一枚以上。張り切ってこーう」

「おー」


 今までからは考えられないほど気の抜けた状態で、僕は迷宮に足を踏み入れる。

 今までで一番追い詰められている状況のはずなのに、それでも心はとても軽かった。



 ◆◆◆◆◆



 フィに襲いかかる蟲を、容赦なく剣で叩き落とす。


 蟲といえど、多少考える頭があるようだ。

 どいつもこいつも、ごそっと、自身を守る力を持たないフィに向かって飛んでくる。

 そいつらを片っ端から叩き落とす。


「えと、フィ。大丈夫?」

「は、はい。最初は驚きましたが、クスノキ様が全て叩き落としてくれるので……」

「そう……もし何かあったら言ってね」


 一帯の蟲を一通り狩り尽くし、二人で黙々と蟲の死骸から使える部分を集めていく。

 そして、少し場所を移動する。


 ふと考える。

 戦う力を持たないフィが、蟲に次々と襲われるのは相当な恐怖のはずだ。それなのに文句の一つも言わないところに、異世界に来てすぐの僕にはなかった強さが、フィにはあると。


 そう考えると、自分も少しはマシになったと感じる。

 今となっては、こんな余計なことを考えながらでも余裕を持って蟲を落とし続けていられている。

 この変化を喜ぶべきか否か──そんな嫌な思考には蓋をする。


「考えるのも悩むのも、もう少し余裕ができてからだな……」


 蟲を落とし、素材を拾い集め、また落とす。


 お互いのバッグが一杯になる頃には、疲労もかなり溜まっていた。


「お疲れ様です、クスノキ様」

「いや、フィこそ。その……囮みたいになっちゃってごめんね」

「いえ! しっかり守ってくれたので、そんなに怖くはなかったので大丈夫です!」

「そう言われると少し照れるね……帰ろうか」


 そう言って迷宮から地上に向かう。

 素材を売り、いくらになるか次第では、宿屋の主に確認しないといけないこともある。

 やることはまだまだ山積みだ。何より、今回狩ったのは蟲だけだから大した額に──


 そこで気づく。

 やけにフィがこちらを、特に僕の顔を見ていることに。


「あーっと、その。どうかした? ずっと僕の顔を見てるようだけど……」

「い、いえ! その……今日の迷宮探索で、本当にクスノキ様は探索者なんだな、と思いまして」

「あはは、一応ね、一応」

「あっ! いえ! 悪い意味ではないのです! ただ、地上では物腰の柔らかい、とても優しい方にしか見えなかったのに、その、あの……」


 最初こそ可愛らしく手を振って釈明していたフィの声量は、どんどん小さくなり、しおらしくなっていく。

 その仕草に、少し意地悪をしたくなってしまう。


「その、なんだい? 怒らないから教えてほしいなー」

「えと、その…………戦ってる時はとても荒々しくて、少し口調も崩れていて、表情も地上とは違っていて、その、あれです。本当にこの方は探索者なのだと思いまして……」


 そう言ってフィは顔を赤くして俯いてしまう。

 無論、僕もあまりに気恥ずかしくて明後日の方を見る。


 しかし沈黙に耐えかね、僕は適当に以前の探索について語る。


「あ、あはは。まぁ探索者と言っても、ついこの間、灰狼の群れを倒せたばかりなんだけどね」

「いえ! 十分すごいですよ! 灰狼の群れなんて、普通は村の大人数人がかりで対処するものを、一人で倒してしまうなんて!」


 振った話が悪く、追い打ちを前に僕は完全に参ってしまう。


 顔が熱い。


 今の僕は、たいそう情けない顔をしていることだろう。

 どうか着く頃には普通の顔に戻っていてくれと願いながら、管理所に向かう足を少しばかり遅くした。



 ◆◆◆◆◆



 売却総額は銀貨二枚だった。


「クスノキ様、その、あの量で銀貨二枚というのは──」

「大丈夫。何となく分かってはいる。けど僕は、何の後ろ盾もなければ右も左も分からない新人だからね。こればっかしは仕方ないんだ」


 そう言うと、フィは僕以上に悲しそうな顔をしてしまう。

 それがとても嫌で、いつもより明るめの声を出してみる。


「まぁ! だからこそお金を貯めて、とっとともう少しマシなとこ行きたいって訳だから! 今後もよろしくね、フィ」

「はい! クスノキ様!」


 幸い、表情を明るくしてくれた。

 やはり、近くにいる人には笑っていてほしい。


 一方、僕の心内はあまり良いものではなかった。

 結局、この町以外がどうなっているのかも分からない以上、甘んじるしかない。

 幸い、かろうじてプラスは出ているからこそ耐えられる、耐えるしかない。そんな若干後ろ向きな心持ちだ。

 何かを得たいと思っても、想像しうるリスクがあまりにも大きくて足がすくむ。

 僕はいつまで、フィの前で虚勢を張り続けられるだろうか。


 そんなことを考えていると、早速、虚勢の張りどころがやって来てしまった。


 宿屋の主との交渉だ。

 今の僕の有り金は、銀貨二枚と銅貨一枚。

 最上の結果は、銀貨一枚で僕とフィ二人での宿泊だ。

 しかし、今までの経験からして、きっと一人一枚取られかねないだろう。

 最悪、フィだけでも宿に泊めさせてもらわなくてはならない、のだが。


 この宿の主人、雰囲気が尋常ではないのだ。


 大きな体に刻まれた皺と深い傷跡。

 何より、その静かで重い重圧は、正直、異世界で見た人間の中で一番である。


 唾を飲み込み、意を決する。


 これもまた戦いだ。


「すみません、一泊──」


 宿の主人は、僕の言葉を遮るように指を一本立てる。


()()()、銀貨一枚だ。鍵は内側から必ずかけろ。ほかの宿泊客との接触は厳禁。ルールは絶対だ」


 後ろで怯えているフィの方を一瞬見たかと思えば、即座に宿の主人は手元の本に視線を戻す。


 僕は静かに一礼し、銀貨を一枚置いて部屋に向かった。


 部屋では、フィが『主人を差し置いてベッドで寝るなんてできない!』と、普通とは異なる方向性のゴネ方をしてくるという小さな事件があったが。


 僕より弱っている年下の女の子を床で寝させるくらいなら、僕は野宿すると言って出ていく、ということで無理やりベッドで寝かせることに成功した。


 幸い僕は、いつどんな状況でも寝ることができる人間のため、ベッドか、部屋に備え付けられたボロい椅子か、なんてのは些細な問題であった。


 それから数日は、穏やかで進展のない日々を送った。


 蟲を狩り、売って、帰る。

 金は消耗品と生活費のせいで、大して貯まることはなかった。

 しかし、フィの体調がだいぶ回復してきたため、近々赤い森を出て、蟲以外を狩ることも選択肢に入れられるのではないかと、フィに相談したところ。


「分かりました……全く怖くないわけではないですが、私はクスノキ様を信じていますので!」


 こう言われてしまっては、行く以外に選択肢はなかった。


 こうして僕は、二度目の赤い森の外の探索を決意した。


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