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10.痛みの成果

 傷だらけの状態で町を歩いても、誰も気にもとめない。

 第十五区とは、そういう場所だ。


 フィに支えられながら何とか宿に戻り、今まで見ないようにしてきた傷を直視する。


 ひしゃげた左手、潰れた左足、身体中の裂傷──そして、背中の大きな切り傷。


「これ、治るのか?」という不安と「この怪我、普通死んでるよな」という二つの不安が同時に襲いかかる。


 前者もさることながら、後者の方も冷静になると無視できない。

 理由が分からないことが一番怖い。少なくとも、僕はそう思う。


 気分が沈んでいくのと比例して、痛みが酷くなっていく。


 そこへ、治療道具一式を持ったフィがやってくる。

 治療道具──といっても消毒、包帯、止血剤程度だが、それでも無いのとあるのでは大違いだろう。


「はい、まず背中からです。傷周りを濡らすので、覚悟してくださいね」


 暖かいお湯の感触──次の瞬間、凄まじい激痛が走る。


「たったんま! 無理かも!!」


 僕はみっともなく絶叫する。しかし、フィは手を止めない。


「耐えてください! 恨むなら私と、無茶な戦い方をした過去の自分を恨んでください!! では、行きます!」


 容赦のない治療行為に叫び倒し、危うく気絶しそうになる。


 いつ、宿の主人が「五月蝿い」と怒鳴り込んでくるか、気が気でなかった。



 ◆◆◆◆◆



「うぅ……」


 手当した結果、何故か痛みが酷くなった気がする。

 無論、気の所為なのは重々承知だが。


「そんなに痛みますか……?」

「い、いや……うん、痛む。痛みはするけど、フィのせいではないよ。多分、自分の状態をちゃんと理解したら、もっと痛くなったみたいなやつだから」

「なら、いいのですが……」

「うん、大丈夫。フィはしっかりやってくれたよ」


 これ以上唸っていると、せっかくしっかり治療してくれたフィに、要らぬ心配をさせてしまう。


 僕は何とか表情を取り繕い、フィと共に迷宮同盟管理所に向かう。

 先日の無貌むぼうの衆と、その他諸々の戦利品を売りに行くのだ。


「よぉ、随分と酷い様だな」


 馴れ馴れしく声を掛けられる。

 人を馬鹿にするようなニヤけ面をした、いつもの奴だ。


 普段なら面倒ごとを避けるため、愛想よく相手してやるのだが、生憎今は余裕がない。

 無言で、昨日の戦利品を目の前に置く。


「いくらだ」

「ったく。無視すんじゃ──てめぇ、これどうした」

「行き止まり──『無光洞穴』だったか。そこに行ってきた」

「はっ。どうりでんなボロボロなわけだ。一人で派生迷宮攻略なんて、自殺行為をよーやる」


 ごく自然と、フィを居ないものとして扱っているのに、嫌な価値観の違いを感じ、気分が悪くなる。


無貌むぼうの衆の頭で一、体で一、その他で一。まー、総額金貨三枚ってとこだな」


 前言撤回。今日は最高の日かもしれない。

 緩みそうになる頬を、必死で抑える。今日の目的は、売るだけではないのだ。


「あと、この剣。無貌むぼうの衆の中で見つけたんだってな? 生憎、ここじゃわからん。遺物商にでも行け」


 管理所の男は、つまらなそうな顔をしながら剣と金貨を寄こしてくる。


「なぁ、この町で一番いい魔道具屋は何処だ?」

「はぁ? なんでてめぇにそんなこと教えなきゃなんねぇんだよ」


 この男は、迷宮同盟十五区管理所の窓口係でありながら、売り上げの中抜き、賄賂による依頼の偏った斡旋といった、表と裏との中間にいる。


 そういう奴は、えてして多くの情報を持っている。

 味方──とまではいかなくとも、多少の関係を築くことができれば、悪くない情報が知れるだろう。


 今回での実力の誇示をもって、今までとこれからの中抜きの黙認を引き換えに、情報屋になってもらう。

 それが、今回のもう一つの目的であった。


「あぁー、特殊個体だったか? を倒したってのに、金貨三枚は、ちと()()()気がしてきたなぁ?」

「あ? 何が言いてぇ」

「……いや、別に。そんな()()()()だけさ。ところで、この町で一番いい魔道具屋、知らない?」

「……ちっ。南東の通りの裏。白髪片目のドワーフの店だ」

「情報、感謝するよ。今後もよろしく」


 僕はそう言って、銅貨三枚を置いていく。

 うまくいった、と思いたい。


 管理所からしばらく歩いたあたりで、やっと実感がこみ上げてくる。


「クスノキ様……金貨、金貨三枚って……!」


 どうやら、フィも同じだったようだ。

 二人で顔を見合わせて笑う。


「そう! 金貨三枚だ! 銀貨なら三十、銅なら三百!! 最っ高に大金だ!!」

「すごい! すごいです、クスノキ様! それで何にお使いに? やはり、さっき聞いてらしたことから察するに魔道具ですか?」

「そう、魔道具。金貨三枚もあれば、そこそこのを買えるでしょ」

「魔道具かぁ……すごいんだろうなぁ。魔獣を吹き飛ばしたり、燃やし尽くしたり──」

「ああ、今回買うのは攻撃用じゃなくて、フィの護身用だから、そこまで派手なのではないかもね」

「──はい?」


 瞬間、フィの表情が凄いことになる。

 魔道具を楽しそうに想像していた顔は、一瞬で青ざめ、到底理解できないものを見るような目を向けてくる。


 ここまでの反応をされると、なんだか悪いことをしたような気分になってくる。


「悪いことですよ!」

「えっ!? 心読まれてる!?」

「ふ、ふざけないで下さい! クスノキ様が、文字通り命がけで手に入れた大金で! 精々、銀貨五枚の──」

「そこまで」


 フィの言葉を遮る。

 それだけは、言わせたくなかった。


「あまりにも酷いことをフィが言いそうになったので、予定変更です」

「そ、そうです、クスノキ様。そんな大金、自分のために──」

「本日の宿泊代と、フィの食費。延べ銀貨一枚と少しだけ残し、残りの全額をフィの護身用魔道具に費やしまーす」

「ク、クスノキ様ぁ!?!!??」


 ぎゃあぎゃあと駄々をこねる──もっとも、「買ってくれ」ではなく、「買わないでくれ」という、おかしな駄々のこねられ方だが。


 それを無視して、僕は勧められた魔道具屋に向かって、淡々と歩き続けた。



 ◆◆◆◆◆



 通りの裏の魔道具屋は、酷く静かで、声を出すのも憚られる程であった。


 店内にフィを連れて行こうとしたが、


「格式ある魔道具屋に、奴隷を連れ込む非常識な人は、この世界にいませんよ」


 と、色々と心にくることを言われ、反論できず、結局、僕だけ店の中に入れられた。


 店の中には、店主らしき白髪片目の背の低い男と、フードで顔を隠し、わざとらしく汚されたローブを身につけた人物の二人しかいない。

 後者は静かに魔道具を見ていた。おそらく客だろう。


 あいにく、僕は魔道具の見方なんぞ、さっぱり分からない。

 ただ、今回の戦果の金貨三枚に加え、宿代とフィの食費を差し引いた残金──銀貨五枚もあれば、かなりの物は買えるだろう。


「すまない。金貨三枚半で買える、護身用魔道具をいくつか見せてくれ」


 店主らしき背の低い男は、僕を一瞥すると、無言で店の裏に入っていった。


「はぁ……」


 ため息が漏れる。

 店主らしき男の一瞥には、明らかな侮りが感じ取れた。


 気分に合わせて、傷の痛みがぶり返してくる。

 けれど、痛みのお陰で、頭はいくらか普段より冴えているような気がした。


 男が持ってきた魔道具を見る。

 どれも装飾品に魔法陣が刻まれている以上に、分かることはない。ないのだが──


「店主、三枚半に見合うものを頼むよ」


 口調は穏やかに、しかし、そっと腰に添えた剣を見せる。


 少し、やりすぎたかもしれない。


 傷が痛み、精神的余裕が無くなり、精神的余裕が無くなることで、更に痛みが酷くなり、行動も衝動的になっていく……悪循環だ。


 店主が人のことを侮り、安物を掴ませてこようとしているとタカをくくっての行動ではあったが、もしこれで向こうが誠実に対応してくれていた場合、どうなるか。


 簡単な話だ。

 僕はこの店と、この店を紹介してくれた管理所の男からの信用を同時に失うだろう。


 最悪だ、と頭も痛くなってくる。


 ──まぁ、そんな諸々の懸念は、無駄だったわけだが。


 僕の脅しを前に、店主は先程までの仏頂面を崩し、媚びるような軽薄な笑みを浮かべながら店の裏に急いで戻っていった。


 またひとつ、嫌な経験を得た。


「ねぇ、貴方」


 咄嗟に、一歩飛び退く。

 気が立っていたせいで、つい過剰に反応してしまう。


 店内の魔道具を物色していたはずの、フードで顔を隠したローブの人物が、いつの間にか、すぐそばまで近づいてきていた。


「っ! 何だよ。てか、誰だ、あんた」


 その問いに、目の前のおそらく女性であろう人物は、すぐに答えず、沈黙する。


 そこに、店主が戻ってくる。

 僕は溜息をつきながら、店主の持ってきた魔道具を見繕おうとするが──


 一瞬、店の空気が張り詰める。


 次の瞬間──

 横にいた不審な女性は、身につけていたローブを派手に振り払うと、威風堂々と名乗った。


「私の名前は、アレイシア・キャターサ!!」


 僕は突然の出来事に上手く反応できず、店主も明らかに動揺していた。


 ただ、その声には、その姿には、確かな威厳があった。


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