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1.ほんとうのはじまり

 僕の名前はクスノキ・ハオリ。

 この前まで、普通の高校生だった。


 今、僕は──

 口の周りを血で汚した、蟲のような化け物に追いかけ回されている。


 昨日、夜更かしして友人とゲームをし、

 明日のテストが憂鬱だと、冗談交じりに世界を否定するような言葉を吐いて眠った。

 その罰が当たったのだろうか。


 鋭い痛みが右手を貫き、僕は飛び起きた。

 自分の右手は、大きな蟲に齧られていた。

 血が滴り、肉があらわになっていた。


 そして何より──

 僕が横たわっていたのは、見慣れた自分の部屋の布団ではなかった。


 林の中だ。

 隙間から、嫌に作り物じみた青空が見えている。


 逃げなければならない。

 蟲を振り払い、足をもつれさせながら走り出す。


 背後から、大きな羽音を立てて迫ってくる。

 あの蟲は明らかに僕の手を食べていた。

 捕まればどうなるかを嫌でも考えてしまう。


 林の中を走り続ける。

 羽音は明らかに増えている。


 ──ここは、どこだ。


 答えはない。

 あるのは、右手の痛みと、確かに生きているという感覚だけだった。


 逃げ続けていると、周りの木々の色が明らかに変わった。

 蟲たちは景色が変わった境目で追いかけるのをやめていた。


「助かった、のか?」


 息を整え、辺りを見回す。


 追いかけてきていた蟲たちは散り始めていた。

 蟲が追ってこなくなった所を境に、木々は見慣れた緑から、赤黒い色に変わっていた。



 ふと、冷たいものを背後に感じ振り向く。



『ソレ』は赤黒い木々に、手足に当たるであろう部分を巻き付かせながら、こちらを伺っていた。


 巻き付かれた木々が軋んでいる。

 よく見ると煙のようなものさえ出ている。


『ソレ』の方から酷い刺激臭がする。

『ソレ』は明らかにゆっくりとこちらに近づいてくる。

 よく見ると『ソレ』の体には人の骨らしきものが埋まっていた。


「い、いや、だ」


 情けない掠れた声が出るが誰も聞いてはいない。

 腰は抜け、体は強ばり動けない。

 なんだあの化け物は、来るな、殺される、死にたくない、動けない、死にたくない、動けない——


「っ゛あ゛あ゛!?」


『ソレ』が皮膚に触れた時、今まで感じたことが無い激痛が走る。

 あまりの激痛に逆に、頭が冴える。

 手元にあった石で無我夢中でそいつを殴る。


『ソレ』は抵抗されたことに怒るように、容赦なく僕の体にまとわりつく。


「あっ、づぅ!?」


 凄まじい力で締めあげられ体は軋み、接触面からは形容しがたい激痛が走る。


 痛みを少しでも紛らわすため喉を張り詰めて大声を出す。


「あ゛あ゛あ゛あ゛! はなれろぉぉぉぉ!」


 ふと、体から何かが抜ける感覚を覚える。


 次の瞬間、『ソレ』の内側が赤く光り輝き、爆発する。

 辺りは火の海になり木々が燃えている。

 締め上げられ、爛れ、吹き飛ばされ火傷した僕の体はどうしようもなくボロボロだったが、それでも何とか爆発の中心に這いずる。


 そこには、魔法陣が刻まれたネックレスがあった。



 ◆◆◆◆◆



 体中に酷い痛みを感じながら目覚める。


「夢じゃないのか……」


 よく分からない場所で蟲に追われ、化け物に殺されかけ、爆発に巻き込まれる。

 悪夢には十分すぎる内容だった。


「あの爆発は、多分このネックレスだよな……」


 確かな繋がりを感じる魔法陣の刻まれたネックレスを眺める。

 年季が入っているのを見るにあの化け物に取り込まれていた死体の物だろう。


「もし本当にこれで爆発が起きたのなら……」


 試しに握りしめて力を込める。

 大きな虚脱感と共にまたもネックレスは赤い光を放ち始めた為、咄嗟に遠くに投げ捨てる。


 爆音とともにまたも木々が倒れ燃える。


 力を込めれば爆発する魔法陣。

 明らかに巨大な、人を襲う蟲。

 見たことない形をした人を殺しているであろう化け物。



  ──きっとここは、異世界なんだろう。



 魔法と化け物が存在する元いた世界とは異なる世界……


「ッ痛」


 無意識に体に力を込めたところ傷が開き血が出ていた。

 生まれて初めて経験する程の大怪我だ。


 どうして自分がこんな目に? 


 そんな無駄な考え一旦頭の向こうに追いやり、ゆっくりと歩き出す。


「人だ、人が居るところに行かないと……」


 護身用のネックレスを握りしめ、林の中進むことを決意し、限界の体をただ一つの感情を糧に引きずる。


 訳もわからず、何処かも分からないところで野垂れ死にたくない。


 ()()()()()()



 ◆◆◆◆◆



 幸いにも、赤黒い森の中は時々落とし物がある以外は特になく、拝借した剣を杖代わりに体感二十分程歩いたあたりで、上に続く階段を見つけた。


 無機質な石造りの螺旋階段で、僕はそれが外に続いてることを信じて疑わず、全力で登った。


 登りきった先にあった景色は、生き残ったことを祝福してくれるような盛大で感動的なものではなく、薄汚い裏路地のようなところであった。


 落ちている紙に目をやる。

 知らない字のはずなのにすんなりと読むことができた。


『迷宮十五区第二番入口』

『特殊個体 腐れトレント生息地につき立ち入り注意』


「ははっなんだよ特殊個体って……」


 腐れトレントとは、おそらくあの化け物のことだろう。


 つまるところ僕は、運悪く注意喚起される程の存在に出会い奇跡的に生きて帰れたということか……


「ふざ、けるなよ……くそ……」


 嫌な雰囲気の立ち込める裏路地だと言うのに、もう体は言うことを聞かなかった。


 闇に落ちる間際に、人の足音が聞こえた気がした。


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