『君に愛される価値はない』と婚約破棄されましたが、助けてくれた冷徹公爵様の心の声が『尊い』とピンク色で大暴走している件【シリーズ】
【アフターストーリー】勘当されたはずの厳格な父が襲来しましたが、心の声が「娘LOVE」の極太マゼンタ文字でした。婚約者のショッキングピンクと混ざって、ただの視覚的公害です
※この作品は『『君に愛される価値はない』と婚約破棄されましたが、助けてくれた冷徹公爵様の心の声が『尊い……息ができない……結婚したい』とピンク色で大暴走している件について 』の続編(番外編)です。
本編はこちら→ https://ncode.syosetu.com/n8515lo/
カシウスと婚約してから、もうすぐ一年が経とうとしている。
季節は巡り、庭園の薔薇が鮮やかに咲き誇る初夏。
ウィンターフェルド公爵邸での生活は、穏やかで、甘くて、そして何より――視覚的に騒がしかった。
「ララ。……紅茶のお代わりはどうだ?」
テラスで向かい合って座る私の婚約者、カシウス・フェン・ウィンターフェルド公爵。
「氷の処刑人」と恐れられる彼は、今日も完璧なまでにその表情を崩さない。
切れ長の目でカップを見つめている姿が、とても優雅で、絵画から抜け出してきたかのように美しい。
……頭の上が、お祭り騒ぎでなければ。
『(ララが紅茶を飲む仕草、世界遺産に登録したい! カップになりたい! いや、カップになったらララに口付けられる……? 待って無理! 尊すぎて割れる! 俺の心臓と一緒に砕け散る!)』
彼の頭上には、今日も今日とてショッキングピンクの限界テロップが乱舞している。
ハートマークが雪のように降り注ぎ、背景にはキラキラしたエフェクトまで飛んでいる始末だ。
確実に私への愛が深まってる。
「ふふ、ありがとうカシウス。いただくわ」
私が微笑むと、カシウスはピクリと眉を動かしただけで「ああ」と短く答えた。
傍から見ればなんてクールな王子様! ……となるんでしょうね。
でも、テロップは正直だ。私の見てる世界はまるで違う。
『(微笑んだァァァッ!! 天使の微笑み! 浄化される! 俺の薄汚れた魂が漂白されていく! 今なら世界中のどんな悪人も許せる気がする! いや、ララに近づく虫は許さん!)』
相変わらずの溺愛ぶり。
最初は戸惑っていた私も、今ではこの「静かな顔と騒がしい本音」のギャップが愛おしくてたまらない。
この幸せが、ずっと続けばいい。
そう思っていた。
そんな平和な午後のティータイムを、執事の困惑した声が切り裂いたのは、太陽が一番高く昇った頃だった。
「……旦那様。ララ様。……大変申し上げにくいのですが、お客様がお見えです」
普段は冷静沈着な老執事が、珍しく額に脂汗を浮かべている。
嫌な予感がした。
カシウスがカップを置き、眉間に深い皺を刻む。
「アポなしの訪問か? ララとの時間を邪魔する無礼者は、玄関前で氷漬けにしておけと言ったはずだが」
『(せっかくのララとのデート(お茶会)が! 誰だ! 空気読め! 万死に値する! いや億死だ!)』
テロップが殺意の赤黒さに変色する。
執事はハンカチで汗を拭いながら、震える声で告げた。
「そ、それが……。クロフォード伯爵ご夫妻でございます」
私は、持っていたカップを取り落としそうになった。
「……え? お父様と、お母様?」
クロフォード伯爵家。
それは、私、ララ・クロフォードが生まれ育った実家だ。
けれど、今の私は「勘当」された身だ。
一年前、ラルコフに婚約破棄された私に届いたのは、父からの無慈悲な絶縁状だった。
『家の恥だ。二度と敷居をまたぐな。顔も見たくない』
他にも色々書いてはあったけど、まあ内容はそれはもうカンカンに怒っているもので。
その言葉に傷つかなかったと言えば嘘になる。
幼い頃は、厳しくも優しい父だった。私が転んで泣いた時には、不器用ながらも抱き上げてくれた父だった。誰よりも私を愛してくれていた(カシウス並に)。
それが、私が婚約破棄され、「商品価値」を失った途端に切り捨てられた。
カシウスが救ってくれたおかげで私は前を向くことができたけれど、心の奥底には、まだ小さな棘が刺さったままだ。
それなのに、今更どうして?
抗議? それとも、カシウスという優良物件に乗り換えた私への、新たな金の無心? それとも……。
私には少し、父がここへ来ることの『心当たり』があった。
でも、勘当された時にそれは消えたものだと思ってたんだけど……。
(お父様……もしかして、まだ私を……?)
「……通せ」
カシウスの声が、絶対零度まで下がる。
立ち上がった彼の背中からは、物理的な冷気が立ち昇っていた。
顔は能面のように冷え切っているけれど、頭上にはどす黒い赤色になりかけたピンクの文字が、暴風雨のように渦巻いている。
『(許せん……! どの面下げて来やがった!? 俺の天使を傷つけ、ゴミのように捨てたくせに! ララに会わせる顔があると思っているのか? 金をたかりに来たなら氷漬けにして粉砕してから肥料にする! いや、ララという奇跡をこの世に産み出してくれたことだけは感謝するが、一ミリでもララを悲しませたら領地ごと焦土にしてやる!!)』
怒ってる。ものすごく怒ってる。
カシウスの中で「ララを捨てた外道」への殺意と、「ララの創造主(神)」への敬意がバグを起こして思考回路はショート寸前だ。
文字が高速で回転しすぎて、もはやピンク色の竜巻になっている。
私は震える手で、カシウスの袖を掴んだ。
「カシウス……」
「……安心しろ」
彼は私の方を振り返り、一瞬だけ表情を和らげた。
テロップが一瞬で優しい桜色に変わる。
『(怖がらせてしまったか? ごめんよララ! 俺が守る! 何があっても、俺が君の盾になる! 君の涙はもう二度と見たくないんだ!)』
「私がついている。……行こう」
彼は私の手を優しく、けれど力強く握りしめ、エスコートするように腕を差し出した。
その掌の温もりが、私の不安を少しだけ溶かしてくれた。
◇◆◇
通された応接間には、重苦しい空気が漂っていた。
最高級の革張りソファに座っているのは、記憶よりも少し老け込み、眉間の皺が深くなった父・ラング。
そして、その隣で優雅に扇子を揺らしている、変わらず美しい母・ルルだった。
父は、私が入室するなりカッと目を見開き、食い入るように私を見た。
そして次に、隣に立つカシウスを、射殺さんばかりの鋭い眼光で睨みつけた。
その威圧感は、さすが「王国有数の強面伯爵」と呼ばれるだけはある。
蛇に睨まれた蛙のように、使用人たちが震え上がっているのがわかる。
「……久しぶりだな、ララ」
地を這うような低い声。
腹の底に響くような重低音。
カシウスが私を背に庇うように一歩前へ出る。
室温が一気に下がり、窓ガラスがピキピキと音を立てるほどの緊張感が走る。
「……何の用だ、クロフォード伯爵。私の婚約者に用があるなら、まずは私を通してもらおうか」
一触即発。
氷の処刑人VS強面伯爵(強いのは顔だけ)
誰が見ても、血で血を洗う権力闘争か、あるいは命のやり取りが始まる予感しかしない。
――はずだった。
私の目に、あの「文字」さえ視えていなければ。
『(ララァァァァァッ!! ララだァァァッ!! 生きてたァァァァ!! 会いたかったよぉぉぉぉ!! うわぁぁんパパが悪かったよぉぉぉ!! 一年間寂しくて死ぬかと思ったよぉぉぉ!!)』
……あー。やっぱそっちか。
父の頭上に、ド派手なマゼンタピンク(深紅に近い毒々しいピンク)の文字が、滝のように、いや土石流のように流れている。
フォントサイズ特大。しかも激しく点滅し、回転し、視界を埋め尽くしている。
カシウスの「可愛いショッキングピンク」とは違う。
もっと泥臭くて、暑苦しくて、粘着質な「父親の愛」の色だ。
『(あの日、ラルコフに婚約破棄されたって聞いて、パパは心配で心臓が止まるかと思ったんだぞ!? 泣いて帰ってくると思って、ララの好きなタルト100個と最高級のハンカチ1000枚用意して玄関で正座して待ってたのに! なんで帰ってこなかったの!? なんでパパのとこじゃなくてこの目つきの悪い公爵の家に行っちゃったの!? パパより公爵がいいの!? ショックと嫉妬で頭がおかしくなって、勢いで「じゃあもう勘当だ! 二度と帰ってくるなバカヤロー!」って手紙書いちゃったけど、ポストに入れた瞬間に後悔して泣き崩れてたんだぞッ!!)』
で、でたぁぁぁぁぁぁ!!!
そう……これが、父なのだ。極度の……限界親バカ。
てか、あの慈悲の欠けらもない絶縁状、ただの「構ってちゃんの癇癪」だったの!?
しかもこのテロップの量とスピード、カシウスに匹敵する……いや、圧という意味ではカシウスを上回ってるかもしれない。
私が実家にいた時より……ヤバくなってる。限界突破の限界を突破しちゃってる。1年放置した反動?
「……あなた。ご挨拶なさいな」
隣にいる母・ルルが、扇子で口元を隠してクスクスと笑った。
父の肩を、ポンと優しく叩く。
……私には不思議なことがあった。
母の頭上には、何も見えない。
いつもそうだ。母の心の声だけは、私が幼い頃から一度も視えたことがない。
父のあのやかましい思考の隣に座っていながら、涼しい顔でお茶を飲んでいる母。
この空間で唯一、何を考えているのかわからないミステリアスな存在。
どうしてお母様のテロップだけは見えないんだろう。
「う、うむ……。今日は、その……しゃ、しゃしゃしゃ、しゃっ、謝罪……に来た」
父が、苦虫を千匹くらい噛み潰したような顔で、渋々といった体で言った。
でも頭上はマゼンタ色のお祭り騒ぎだ。
『(ララ可愛いよララ! 痩せちゃってないか!? ちゃんと食べてるか!? 今日もルル(ママ)の若い頃にそっくりで天使だね! ああっ、そんな怯えた目で見ないで! パパが悪かったから! ルルに「いつまで意地を張ってるんですか、この頑固親父。娘に会いたくないんですか?」ってハリセンで叩かれて、ようやく目が覚めたんだ! 許して! ハグさせて! 高い高いさせて!!)』
……。
…………そう。父は私に若き頃の母の姿を重ねて、そこに自分の娘という要素まで上乗せして、私への愛を超強化してしまっているのだ。
てか、「高い高い」って、私もう二十歳なんですけど。
一方で、カシウスは混乱していた。
私の能力を知っている彼だが、当然、父の心の声は見えていない。
目の前にいるのは「娘を捨て、一年間放置し、今更のこのこ現れた冷酷な父親」だと思っている。
「謝罪だと? 今更何のつもりだ。ララを傷つけた罪は、言葉一つで消えるほど軽くはない」
カシウスの殺気と、父の嫉妬がぶつかり合う。
空気が歪む。
『(ふざけんなこの泥棒猫公爵がァァァ!! 俺のララ(とルルの遺伝子)を独り占めしやがって!! しかも顔がいい!! 背も高い!! ムカつく!! ララが惚れるのも無理はないけどパパは認めないぞ!! 返せ!! 俺の天使を返せェェェ!! こちとらララが赤ちゃんの頃から知っとんじゃい!! お前とは歴が違うのよ、歴が! わかる!? 小便小僧が!)』
父のマゼンタピンクの文字と、カシウスのショッキングピンクの文字が、空中でバチバチと火花を散らしてぶつかり合っている。
物理的な質量さえ感じるほどの、文字の洪水。
『(守る! 俺がララを守る! この父親、目が据わってやがる……何を考えているんだ!? 確実にヤバい側の人間だ! まともな人間の目じゃない! なんか、さっきから鼻息も荒いし、危険人物だ! まさか、無理やり連れ戻す気か!? 許さん! ララは俺の命だ! 渡さない! 絶対に渡さない!!)』
視覚情報がうるさい。
部屋中が濃淡の異なるピンク色で埋め尽くされて、目がチカチカして破裂しそうなんですけど。
どっちも「ララが好き」って言ってるだけなのに、なんでこんなに殺伐としてるの!?
「……お二人とも、少し落ち着いて」
私が割って入ろうとすると、母がスッと立ち上がり、私の手を取った。
「ララ。男同士の積もる話があるでしょうから、私たちは向こうでお茶でもしましょうか」
「え、でも……」
「大丈夫よ。殺し合いにはならないわ。……たぶんね」
母は意味深に微笑むと、私を連れてテラスへと移動した。
いや! テロップ見る限り、今すぐにでも殺し合い始めそうなんですけど!?
残されたのは、一触即発の(に見える)男二人と、飽和状態のピンク色の空間。
◇◆◇
テラスに出ると、初夏の風が心地よく吹き抜けた。
メイドが淹れてくれた紅茶の香りが、少しだけ緊張をほぐしてくれる。
母は優雅にカップを傾け、一口飲んでから、ふぅとため息をついた。
「……それにしても、ラングもカシウス様も、心の声がうるさいわねぇ」
え?
ボソリと呟かれた言葉に、私はカップを取り落としそうになった。
ソーサーがカチャリと音を立てる。
「えっ……と……? お母様、今なんと……?」
心の声が、うるさい?
まさか。
「あら、気づいていなかったの? ララ」
母は悪戯っぽく片目を瞑った。
その仕草は、少女のように可憐で、そして底知れなくミステリアスだった。
「あなたのその力、私の家系の遺伝なのよ。……だから、私にも視えているわ。あなたもでしょ?」
「……うええっ!?」
衝撃の事実。
母も、心の声が視える!? あのやっかましいテロップがっ!?
だから母の心の声だけは、同能力者同士の干渉(あるいは無意識のガード)で視えなかったの!?
「お母様も……あの頭上の文字が視えてるんですか!? あんな目が疲れてチカチカするものが!? よ……よく……眼鏡が必要になりませんね……。私は、もう目が痛くて痛くて……」
「あら、あなたはまだ読んでる、のね。……なら、私の場合、あなたよりもちょっとだけ『性能』がいいのね。私は文字だけじゃなくて、その人の声色そのもので脳内に再生されるの。……いわゆる、『読み上げ機能付き』ってやつね」
「よ、読み上げ機能っ……!?」
私は絶句した。
テロップだけでも視界が埋まって大変なのに、それが本人の声(しかも思考特有の本音ボイス)で脳内に響き渡るなんて……。カシウスみたいな脳内お花畑の人が隣にいたら1ヶ月で発狂する自信しかない。
母はこめかみを指先でトントンと叩いた。
「若い頃は大変だったわぁ。ラングったら、口では『ふん、お前など興味ない』なんて言いながら、心の中では『ルル愛してる! ルル結婚して! ルルうううう!』って、大音量で絶叫し続けているんですもの。しかも、無駄にいい声でね。ノイローゼになりかけたわ」
「し、心中お察しします……」
想像しただけで胃が痛くなる。
父のあの暑苦しい愛が、音声付きで脳内に直接流し込まれるなんて、拷問以外の何物でもない。
母が最強のメンタルを持っている理由がわかった気がする。
「でもね、慣れればBGMみたいなものよ。……ほら、あそこを見てごらんなさい」
母が指差した先、ガラス越しに見える応接間では、父とカシウスが睨み合っていた。
二人の間には、見えない火花が散っている。
でも、その頭上には、巨大な吹き出しが二つ、融合しそうな勢いで浮かんでいるのが見えた。
『(ララは天使!! 世界一可愛くて尊い!!)』
……ハモった。
思考が完全にシンクロしている。
「ふふふ。今、二人の声が重なって、すごい和音になっていたわよ。あのアホな父親も、ようやく素直になる気になったみたいね。ララ、あなたがいなくなってから、あの人毎日私の膝で泣いていたのよ? 『ララのご飯が食べたい』『ララの笑顔が見たい』『俺はなんてことをしてしまったんだ』って」
「そ、そうだったの……?」
「ええ。だから今日は、存分に仲直りなさい。……ただし、あの堅物公爵様と『どっちがララを愛しているか対決』が終わってからね」
母は楽しそうにクスクスと笑い、カシウスの方を見た。
「それにしても、カシウス様も相当ね。あんな氷みたいな冷たい顔をして、中身はあんなにデレデレだなんて。……ふふ、ララ、愛されているわね。彼の心の声、すごく良いバリトンボイスで『ララ好きだー!』って叫んでるわよ」
母には、カシウスの限界オタク思考が全部、しかもイケボでバレていたのだ。
恥ずかしい。自分のことじゃないのに、顔から火が出そう。カシウス……お母様の前では勘弁してよぉ……。
◇◆◇
その頃、応接間では――。
「……公爵。単刀直入に聞く」
父が、重々しく口を開いた。
『(ララの手料理、食べたことあるか!? あの子のオムレツは世界一だろう!? 言え!! 美味いと言え!! そして俺にも食わせろ!! それとも、作って貰っていないのか!? ならお前はそこまでの男ということだ! パパはララのことをなんでも知っているぞ! お前とは違うのだよ! たった一年でララを知った気になるなよ! 小童がァ! パパは一年間ララのメシを食ってないんだぞ!! 一年もララを独り占めしたお前が羨ましくて堪らなくて呪い殺したくなるわ!)』
「……なんだ」
カシウスもまた、警戒心MAXで身構える。
『(金か!? 権力か!? ララ以外なら何でもくれてやる! だがララだけは渡さん! 彼女は俺の光だ! 俺の生きる意味だ! お義父さま! あなたはララのオムレツを食ったことがあるか!? 最高だったぞ! 娘のことなんてなんとも思ってない。みたいな顔してる奴には一生食わせてもらえんだろうな! ざまぁ! たとえあなたがララの父親(創造主)であろうと、こんな可愛いララを捨てたやつには父親を名乗る資格はない! ララは俺だけのララだ! 誰にもやらん!!)』
ダメだこのふたり。完全に私に対して脳内キュートアグレッションを起こしてる。
言葉と心の声が、全く噛み合っていない。
でも、不思議と通じ合いそうな予感がするのは、二人の色が同じ「ピンク色」だからだろうか。
「ララを、どう想っている」
「……どう、とは?」
カシウスは眉一つ動かさず、静かに問い返す。
その態度は氷のように冷徹だが、頭上のショッキングピンクのテロップだけは、文字化けしそうな勢いで高速展開していた。
『(どうって何だ!? 「好き」とか「愛してる」とか、そんなありきたりな言葉で表現できるわけがないだろう! ララは俺の心臓だ! 酸素だ! 光だ! ララが笑えば世界は輝き、ララが泣けば世界は終わる! 俺の全細胞がララを求めて叫んでいるんだよおおおお!!)』
……うん。重い。
カシウスの愛が重すぎて、物理的な圧力を感じるレベルだわ。
しかし、そんな心の声が聞こえない父は、カシウスの沈黙を「迷い」と受け取ったらしい。もうテロップで会話してくれないかな。
ダンッ! とテーブルを叩き、父が激昂した。
「ふん! そんなことも即答できんのか!? そんなやつに娘はやれんな!」
『(ララの可愛さを語るのに一瞬でも躊躇うような男は失格だ! 俺なんかララの肖像画を見ただけで三日は断食できるくらい胸がいっぱいになるぞ! お前にその覚悟があるのか!? お前は所詮、その程度の男なのだ!)』
父の頭上で、マゼンタピンクの文字が怒り狂っている。
カシウスは冷ややかな瞳で父を見据え、淡々と言い返した。
「娘をやるもなにも、そちらはもう彼女を『勘当』したはずだ。今さら彼女に対して、何かを言う権利などないはずだが」
それは、痛いところを突く正論だった。
父の顔が一瞬引きつる。
テロップの勢いが止まり、『(ぐぬぬ……! あの時の狂った嫉妬がめちゃくちゃ足引っ張ってる! こんな小僧に)』という文字が点滅する。
だが、父はすぐに顔を真っ赤にして叫んだ。
「あれは、撤回する!」
「な……撤回だと!? そんな身勝手なことが許されると思っているのか!」
カシウスが初めて表情を崩した。
彼のテロップも『(ふざけるな! ララを傷つけておいて「やっぱナシで」が通るか! ララの涙を返せ! 俺がどれだけ慰めたと思ってるんだ! いや、慰めることができたという点では尊い行為なのでありがたかったが!)』と激怒している。
けれど、父は一歩も引かなかった。
鬼のような形相で、カシウスを睨みつける。
「許される! 私はララの父だ! ララを……お前より愛しているからだ!!」
『(そうだ! 俺のララへの愛は海より深く山より高い! おむつを替えた回数を言ってみろ! 初めて「パパ」と呼んでくれた時の感動を知っているか!? 俺の宝物庫(記憶)にはララの成長記録が詰まっているんだ! ぽっと出の男に負けてたまるかァァァァ!!)』
……お父様、それ愛っていうか執着。
テラスでその様子を見ていたお母様が、扇子で口元を隠して「あらあら」と微笑んだ。
「はじまったわね。男同士の『ララ愛してる対決』」
「そ、そんなこと言ってる場合!? 止めないと、そろそろ本気の殴り合いが始まっちゃう……! 二人とも目がイッちゃってるから(特に父)!」
私はハラハラして、二人を見守る。
父の拳は震えているし、カシウスの周りには冷気が漂い始めている。
けれど母は、余裕たっぷりに紅茶を啜った。
「そう? カシウス様はそんな軽率な行動をとる男性には見えないけど?」
「うーん……それはそうなんだけど……」
確かに、カシウスは理性の塊(外面は)だ。
でも、私に関することとなると、理性のタガが外れやすいのも事実で……。
その時、カシウスがふぅ、と息を吐いて、肩の力を抜いた。
そして、真っ直ぐに父を見つめた。
その瞳には、先ほどまでの敵意ではなく、ある種の「憐れみ」と、絶対的な「自信」が宿っていた。
「……クロフォード伯爵。貴殿の言い分はわかった」
「な、ならば……!」
「だが」
カシウスは言葉を切り、私の方をチラリと見た気がした。
そして、静かに、けれど部屋の空気を震わせるほどの重みを持って宣言した。
「私は、ララを愛している。……あなたよりも、ずっとな」
父がカッとなる。
私はポッとなる。
テロップでは散々言われてるけど、言葉にされると照れちゃう。
「……ほう? 私がどれだけ娘を愛しているのか知っているのか!? 私がララのためにどれだけ……!」
「知らん」
カシウスは父の言葉を一刀両断した。
「だが、私のララへの愛は、そういう次元を超えている」
「なに……?」
父が動きを止める。
カシウスは胸に手を当て、淡々と、しかし熱烈に語り始めた。
「私は、ララのためなら国を敵に回すことも厭わない。彼女が望むなら、空の星を全て落として首飾りにしよう。彼女が悲しむなら、世界中の悲しみを凍らせて砕いてみせる」
『(ララは俺の救いだ。灰色の世界に色をくれた唯一の人だ。彼女がいない世界など、俺にとっては無も同然。……お義父様、貴方はララがいなくても生きていけるでしょう。お義母様がいらっしゃるから。でも俺には、ララしかいないんです。この命が尽きるまで、俺はララだけを見て、ララのためだけに生きます)』
テロップが、ショッキングピンクから、神々しいゴールドピンクへと変わっていく。
それは、ただの萌えや興奮を超えた、魂からの誓いだった。
父は、しばらく呆然とカシウスを見ていた。
やがて、その肩から力が抜けた。
「……くっ」
『(なんだその目は。……俺がルルを見る時と同じ目をしていやがる……。本気か。こいつ、本気でララに命を懸けているのか……くそっ……良い目してやがるじゃねぇか……小僧のくせによ!)』
父の頭上のマゼンタピンクの文字が、しゅんと小さくなる。
父は悔しそうに顔を歪めた後、フンと鼻を鳴らした。
「……口だけなら、なんとでも言える」
「ならば、行動で示そう。一生をかけて」
カシウスが手を差し出した。
父は、その手をじっと見つめ、ためらいがちに、しかし強く握り返した。
「……認めてやる。ただし、泣かせたら即座に連れ戻すからな。そしてお前をひき肉にしてやる」
「ご安心を。その機会は永遠に訪れない」
男たちの間に、奇妙な、暑苦しい友情のようなものが芽生えた瞬間だった。
◇◆◇
こうして、嵐のような挨拶は終わりを迎えた。
帰り際、玄関ホールで父がカシウスに向き直った。
「……カシウス君」
父が、初めて名前で呼んだ。
少し照れくさそうに、視線を逸らしながら。
「ララは、少し頑固なところがある。……頼んだぞ」
それは、父から娘婿へ、バトンを渡す儀式のようなものだった。
カシウスは深く頭を下げた。
「はい。……お任せください、お義父さん」
その瞬間。
父の顔が真っ赤になり、青筋が浮かんだ。
「だ、誰がお義父さんだッ!! お前にお義父さんと呼ばれる筋合いは無い!」
『(くぅ〜っ! これ言ってみたかったんだよねぇ! だが、事実でもある! まだ早い! 俺の心の準備ができてない! いきなり家族面するなこの若造! でも悪い気はしない! けど悔しい! ちくしょう!)』
父は叫びながら、そそくさと馬車の方へ歩き出した。
でも、馬車に乗り込む直前、振り返って捨て台詞を吐いた。
「……式には呼べよ! 一番いい席を用意しろ!」
バタン! と扉が閉まる。
馬車が動き出すのを見送りながら、私は隣のカシウスを見上げた。
彼は少し疲れたような、でも満足げな顔をしていた。
「……大変でしたね、カシウス」
「ああ。だが、悪くない時間だった」
『(お義父様に認められた……! 「カシウス君」って呼ばれた! やった! 俺の勝ちだ! これで堂々とララを妻にできる! ララと正式に夫婦になったら方々に自慢しちゃうぞ〜! でもララに色目を使うやつは全員殺す) 』
頭上のテロップが歓喜の舞を踊っている。
私はクスクスと笑い、彼の腕に抱きついた。
「幸せにしてね? 今でもすっごく幸せだけど!」
「……任せろ」
◇◆◇
一方その頃。
帰路につく馬車の中では、先ほどまでの威厳ある伯爵の姿はどこにもなかった。
ラングは、ルルの膝の上に頭を乗せ、身体を猫のように丸めていた。
あの強面のラングが、ルルの前ではただの甘えん坊なのだ。
「……ううっ、ルルぅ……。ララ取られたぁ……」
「よしよし。頑張りましたね、あなた」
ルルは愛おしそうにラングの頭を撫でる。
その手つきは、駄々っ子をあやす母親そのものだ。
「……でも、あいつなら任せても大丈夫かなぁ?」
ラングが上目遣いでルルに尋ねる。
「ルルぅ、視えたんでしょぉ? 彼は……どんな心をしてたの?」
ルルは、「心の声」が視えるだけでなく、聴こえる能力者だ。
彼女には、カシウスの本音がララよりも高い解像度で全てわかっていたはずだ。
ルルはふふっと笑い、ラングの頬をつついた。
「あなたそっくりの、ララバカ、でしたよ」
「……そっか」
ラングは、どこか安心したように目を閉じた。
「分かってたさ。彼のララに向ける視線は、愛に満ちていたから。……悔しいが、俺の負けだ……今回は」
ラングの頭上に、『(幸せになれよ、ララ)』という、優しいピンク色の文字が浮かんで消える。
しばらく馬車の揺れに身を任せていた二人だったが、ルルがふと思いついたように呟いた。
「それにしても、あれほどの美男子なら、きっと生まれてくる子供も相当な美形なのでしょうねぇ」
その言葉に、ラングがカッと目を見開いた。
「はっ! ララの……子供ッ!?」
瞬間、ラングの脳内が爆発した。
馬車の中に、マゼンタピンクの極太テロップが乱舞する。
『(天使から天使が産まれる!? ルルという私の天使がララという天使を産んだ時ですら、そのあまりの神々しさと生命の神秘に1ヶ月涙が止まらなかったというのに! その天使の子供のララという天使の子供……天使の天使の子供が産まれる!? 俺はその時どうなってしまうのだ!? ぬおおおおおおお!!! 大天使が! 大天使が産まれるというのか!! おじいちゃんでちゅよ〜!! 早く会いに来てぇ〜!!)』
ラングは顔を覆い、想像だけで感極まって身悶えしている。
孫バカになる未来が確定した瞬間だった。
「あなた。まだ妊娠もしていませんよ。先走りすぎです」
ルルが呆れたように諌めるが、ラングの妄想は止まらない。
「だ……だって……楽しみなんだもん……」
「ふふ。そうですね。これから先、ララには幸せしか待っていませんね」
ルルは愛おしそうにラングの頭を撫でる。
『(ララ。良かったね。あんなに幸せそうなあなたの顔、幼い時以来だったわ。おめでとう。私の可愛い天使ちゃん)』
ルルの心にも、温かい祝福の言葉が溢れていた。
けれど、ラングがふと、真顔に戻って呟いた。
「だが……」
ラングの顔色が青ざめていく。
そこには、父親として決して直視したくない、ある「事実」への気づきがあった。
『(子供ができるということは……つまり、あの男と、ララが……そういうことを……しているということで……)』
ラングのテロップが、恐怖と拒絶で歪んでいく。
『(いやだぁぁぁぁぁ!! 想像したくなーい!! 俺の清らかなララがあんな目つきの悪い男と濃厚な接触をォォォ!? 密です!! それは密ですぅ!! 許さん! いや許したけど許せん! コウノトリ! コウノトリさんお願いします! ララの元に天使を運んできてはくれないかー!! プロセスを省略してくれーッ!!)』
馬車の中に、ラングの音のない絶叫が響き渡る。
それをBGMに、ルルは微笑みながら、優雅に外の景色を眺めていた。
ラングの受難は、まだまだ続くのであった……。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
もし「お父様可愛い!」「お父様イッちゃってる!」と思っていただけましたら、
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【新作を2本投稿いたしました!】
「可愛げがない」と婚約破棄されたので『業務マニュアル』通りに塩対応しました。今更泣きつかれても私の管轄外です。監査役の冷徹公爵様にヘッドハンティングされたので失礼します。
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婚約者の頭上に『好感度-65535』と表示されています。嫌われすぎだろと絶望して逃げ出したら、実は『愛されすぎた結果、カンストしすぎて数値がバグっていた』だけでした
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