第7話:『不適格者の再定義』
1
勝利の余韻が冷めやらぬ学園の特別応接室。そこには、重苦しい沈黙が流れていた。 革張りのソファに深く腰掛けるのは、世界ランク48位のランカー、マルカス・ベルモンド。その対面には、顔を青くした学園の教務主任が立っている。
「……説明したまえ。Fランクの少年が、特待生チームを文字通り『一蹴』した。あの不自然な機動力、そして異常な衝撃荷重。あれが本当にただの身体強化だと言うのかね?」
「は、はい……。事前の測定では、彼の魔力出力は平均以下。ただ、あの銀狐の式神が進化を遂げており、その霊力を用いた変則的な強化ではないかと……」
マルカスは鼻で笑い、デスクに置かれた晴人の資料を指先で弾いた。
「式神の進化だけで説明がつくレベルではない。……明日、彼を『理の天秤』にかけろ。隠蔽が通用しない最上位の解析装置だ。もし彼が禁忌に触れているのなら、私がその場で処理する」
その決定は、晴人が望んでいた「成り上がり」の道を、一瞬で「断頭台」へと変える通告だった。
2
その夜。晴人はルカに呼び出され、月明かりの届かない地下訓練場にいた。
「ハルト、まずいことになったね。学園側が君を『再定義』しようとしている。明日行われる再検査……あれは魔力だけじゃなく、魂が干渉している『物理法則』の歪みまで検知する」
ルカの表情はいつになく真剣だった。
「……逃げられないのか」
「無理だね。拒否すれば即刻、異端審問官が飛んでくる。……いいかい、ハルト。唯一の生き残る道は、君の『法則改変』を、既存の魔法の『超・極致』に見せかけることだ」
ルカの提案は、さらに危険な賭けだった。 重力加速度の操作を、あえて「自分の体温や鼓動」などの生体魔力にまで干渉させ、外部からは「命を削って超加速を得る禁術」に見せかけるという。
「自分の心臓の重力を弄るんだ。一歩間違えれば、君の心臓は自重で潰れる。……それでも、やるかい?」
「……やる。ここで終わったら、あいつの隣にも立てなくなるからな」
晴人の脳裏に、結衣の心配そうな顔が浮かんだ。 彼女に嘘をつき続け、泥を舐めながらここまできた。ここで消えるわけにはいかない。
3
翌朝、学園中央塔の地下にある解析室。 物々しい魔導装置に囲まれた中心に、晴人は立たされていた。観覧席にはマルカス、そして不安げな表情の結衣も特別に同席を許されていた。
「これより、神代晴人の再検査を行う。神代、その円陣の中心へ」
教官の合図と共に、装置が低く唸りを上げる。 目に見えない波動が晴人の体を貫き、その内側にある「理」を剥き出しにしようとする。
「(……ハク、準備はいいか)」
「キュイッ!」
晴人の影に潜むハクが、微弱な霊気のノイズを放つ。 それと同時に、晴人は脳内のリミッターを外した。
「――法則改変。心拍周期の局所重力調整。血液循環の加速」
ドクン!!
晴人の心臓が、物理的な重圧を受けて激しく脈打つ。 全身の血管が浮き出し、皮膚から蒸気のような熱気が立ち上った。 解析装置の針が激しく振れ、モニターに異常な数値が並ぶ。
「な……なんだ、この数値は!? 魔力ではなく、生命エネルギーそのものを燃焼させて……重力に抗っているのか!?」
教官が叫ぶ。 マルカスは目を細め、身を乗り出した。 晴人が見せているのは「法則の書き換え」ではなく、重力という「変えられない壁」に、自分の命を投げ打って力ずくで激突している姿だ。
「……ぐっ、あああああ!」
晴人はわざと膝をつき、口の端から鮮血を流した。 これも計算だ。ボロボロの姿を見せることで、「禁忌の力を持つ天才」ではなく「命を削る執念の秀才」だと定義させるための。
「そこまでだ! 装置を止めろ!」
マルカスの鋭い声が響いた。 装置が停止し、晴人は結衣が駆け寄るよりも先に地面に倒れ込んだ。
「……マルカス様、結果は?」
「……。判定を再定義する。神代晴人、能力カテゴリー――『自己犠牲型・疑似重力強化』。ランクをFから『準C』へ引き上げる。……だが、あの術は長くは持たん。あれは魔法ではなく、ただの呪いだ」
マルカスは興味を失ったように席を立った。 倒れたまま、晴人は薄く目を開けた。 視界の端で、ルカが小さく親指を立てているのが見えた。
命懸けの偽装工作。 俺は、最悪の処刑を回避し、公式に「戦う力を持つ者」として認められた。 本当の地獄と、本当の成り上がりは、ここからだ。




