第6話:『暴かれた牙』
1
静まり返ったスタジアムに、審判の困惑した声が響いた。
「……勝者、Aクラス第一チーム、神代晴人!」
その瞬間、観客席からどよめきが沸き起こった。格上の三年生を一撃で沈めたのは、学園で「欠陥品」と蔑まれていたFランクの少年だったからだ。
「おい、神代! お前、今の……何をしやがった!」
同じチームの佐々木が、詰め寄ってくる。その顔は勝利の喜びよりも、自分より下の存在が手柄を立てたことへの不快感に染まっていた。
「……何って、ただ殴っただけだ。相手が油断してたんだろ」
俺はぶっきらぼうに答え、土煙を払う。ハクが俺の足元で、誇らしげに胸を張って「キュイッ!」と鳴いた。周囲には、ハクが放った霊気の残滓が漂っており、誰もが「式神の強化による偶然の一撃」だと思い込んでいる。
「ハルト! 怪我はない!?」
結衣が駆け寄ってくる。彼女の瞳には安堵の色があったが、その奥には、幼馴染だからこそ感じる違和感が微かに混じっているようだった。
「ああ、大丈夫だ。……次も、運が良ければいいんだけどな」
俺はわざとらしく息を切らし、自分の実力を隠し通すことに全神経を注いだ。
2
スタジアムの最上階、関係者以外立ち入り禁止の特別観覧席。 そこには、学園の教官たちですら頭の上がらない「本物」が座っていた。
「……今の動き、君はどう見た? マルカス」
声をかけたのは、月帝候補のルカ・エヴァンズではない。 世界に五十人しかいない「ランカー」の一人、ランク四十八位のマルカス・ベルモンドだ。彼は視察のためにこの学園を訪れていた。
「……面白いですね。一見すると、ただの身体強化に見える。ですが、あの瞬間の『空気の揺らぎ』。あれはマナの燃焼によるものではない。まるで、空間そのものが彼を押し出したような……」
マルカスは鋭い眼光で、フィールドを去る晴人の背中を射抜いた。
「『法則改変』の可能性は?」
「まさか。あれを使えるのは、エンペラーとその血族、そして我ら上位ランカーのみ。あのような平民の少年が扱えるはずがありません。……ただの、非常に効率の良い魔力回路の持ち主でしょう」
マルカスはそう結論づけたが、その指先は興味深げに椅子の手すりを叩いていた。
3
第二回戦の相手は、エリート選抜チームの予備軍とも呼ばれる、Cクラスの特待生チームだった。彼らは「火帝」の派閥に属しており、高度な連携魔法を得意としている。
「第一試合のようなラッキーは二度と起こさせないよ、不適格者くん」
相手チームのリーダー、**火野**が嘲笑を浮かべる。 試合開始の合図と共に、四人の魔術師が同時に詠唱を開始した。
「火炎方陣、展開! 逃げ場を塞げ!」
俺の周囲に、巨大な火の柱が四本立ち上がる。それはただの炎ではない。「法則」には届かないまでも、熱の伝導率を極限まで高めた高度な属性魔法だ。
「ハルト、下がって! 私が防ぐ!」
結衣が前に出ようとするが、火野の追撃がそれを許さない。 炎の壁が狭まり、俺を焼き尽くそうとする。
(……やむを得ない。ルカに教わった『加速の残響』、ここで使う)
俺は目を閉じ、脳内の計算機を最大出力で回す。 狙うは、四本の火柱のちょうど中心。重力加速度を「横方向」へ固定。 さらに、地面との摩擦係数を――逆転。
「ハク、隠せ!」
「キュォォォーン!!」
ハクが銀色の霊気を爆発させ、スタジアム全体を目眩ましのような光で包んだ。 その一瞬。 俺の体は、物理法則を無視した「横滑り」を開始した。
炎の熱が届くよりも早く、俺は火柱の隙間をすり抜け、驚愕で目を見開く火野の背後へと回り込む。
「――法則改変、解除。……重力、三倍」
俺の拳が、火野の背中に吸い込まれるように叩きつけられた。 加速による運動エネルギーが、三倍の重力負荷と共に彼の体に叩き込まれる。
「が……はっ……!?」
火野の体が、スタジアムの壁まで一直線に吹き飛び、激しい衝撃音と共にめり込んだ。 光が収まった後、そこには立っている俺と、全滅した相手チーム、そして信じられないものを見たという観客たちの静寂があった。
「……今の、何が起きたんだ……?」
誰かの呟きが、静かなスタジアムに波紋のように広がっていく。 俺はハクを抱き上げ、冷や汗を拭った。
成り上がりの足音が、少しずつ、だが確実に大きくなっていくのを感じていた。
二戦連続の圧倒的な勝利に、ついに学園側が「神代晴人の能力再検査」を決定する。正体がバレれば即刻処刑。絶体絶命の晴人に、ルカが提案した「次なる偽装」とは。




