第5話:『加速の死角』
1
大会までの数日間、俺は放課後になると人目を忍び、ルカと共に旧・演習場に籠もっていた。 ルカの課す特訓は、実戦形式の「隠蔽訓練」だ。
「遅いよ、ハルト。今の踏み込み、地面が不自然に沈み込みすぎだ。それでは『法則』を使っていると、目の肥えた教官には一発で見抜かれる」
ルカが指先を鳴らすと、鋭い空間の刃が俺の足元を削る。俺はそれを間一髪で回避したが、ルカの指摘は鋭かった。 俺の力はマナを消費しない。脳内で世界の定義を書き換えるだけで現象が起きる。だからこそ、発動の瞬間に魔力の「揺らぎ」がないことが、逆に不自然なのだ。
「……じゃあ、どうすればいい」
「偽装用の魔力をわざと垂れ流すんだ。君の式神、ハクにその役割を担わせよう」
ハクが俺の肩に乗り、その小さな体から微弱な霊気を放つ。 ハクが放つ霊気の波動に紛れさせて、俺が重力定数を上書きする。そうすることで、周囲には「式神の力を借りた身体強化」に見せかけることができる。
「よし、もう一度だ。次は僕の『空間固定』を力ずくで突破してみなよ」
ルカの瞳に、悪戯っぽい光が宿る。 俺は深く息を吐き、足元のベクトルを前方に固定した。
2
特訓の合間、演習場の隅で休憩していると、不意に背後から声がした。
「ハルト、やっぱりここにいた!」
結衣だった。彼女は両手に大きなスポーツバッグを抱え、こちらに駆け寄ってくる。
「結衣、なんで場所が分かったんだよ」
「幼馴染の勘、かな? ほら、差し入れ。ルカ様もどうぞ、特製のはちみつレモンです!」
結衣は屈託のない笑顔で、冷えた容器を差し出した。 ルカは「おや、光栄だね」と優雅に受け取り、器用にそれを口にする。
「……ハルト、あまり無理しないでね。佐々木くんたち、大会でわざとハルトを矢面に立たせるって言ってたから」
結衣の瞳に不安が過る。 彼女は俺を「才能のない、守るべき対象」だと信じている。その献身的な想いが、俺の胸に温かさと、それ以上の苦い罪悪感を与えた。
「心配するな。俺、逃げ足だけは速いだろ?」
俺はあえておどけて見せ、彼女の頭を軽く撫でた。 結衣は顔を赤くして「もう、バカにして!」と怒ったふりをする。その何気ない日常の欠片が、これから戦場に赴く俺の唯一の錨だった。
3
そして、ついにクラス対抗魔法競技会の当日がやってきた。 スタジアムには全校生徒と、一部の有力な「ランカー」たちのスカウトが集結し、異様な興奮に包まれていた。
「第一試合、Aクラス第一チーム対、Bクラス第三チーム。……始め!」
審判の号令と共に、スタジアムに爆音が響いた。 俺たちAクラスチームの前に立ちはだかるのは、体格の良い三年生たちだ。
「おい、欠陥品! 命令通り、前に出て囮になれ!」
チームリーダーの佐々木が、俺の背中を強引に突き飛ばす。 対戦相手の火属性使いが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて巨大な火球を生成した。
「一年生が調子に乗るなよ! 灰になれ!」
放たれた業火が、逃げ場のない速度で俺に迫る。 観客席から悲鳴が上がる。結衣が助けに入ろうと身を乗り出すのが見えた。
(……今だ。ハク、偽装開始)
ハクが俺の影の中で霊気を爆発させる。 それと同時に、俺は脳内で極小範囲の定義を上書きした。
「――法則改変。前方重力、逆転」
轟!!
スタジアムを沈黙が支配した。 俺の目の前で、直撃するはずだった火球が、まるで「目に見えない壁」に当たったかのように、不自然な角度で真上へと跳ね上がったのだ。
「な……!? 外したのか?」
火属性使いが困惑して空を見上げる。 その隙を、俺は見逃さない。
「身体強化――加速」
地面の重力加速度を瞬間的に三倍へ。 一歩。ただの一歩で、俺は十メートル以上の距離を「滑るように」詰め、驚愕に染まった相手の懐へと潜り込んだ。
「――終わりだ」
ただのパンチに、加速の全質量を乗せる。 衝撃波がスタジアムの砂煙を巻き上げ、三年生の巨体が派手に後方へと吹き飛んだ。
初戦で見せた「不自然な幸運」と「異常な加速」。周囲がざわつき始める中、次なる相手はエリート選抜チームの刺客。そして、晴人の動きを凝視する、一人の「ランカー」の影。




