第4話:『不適格者の初陣』
1
翌朝、学園の教室は異様な熱気に包まれていた。 だが、俺にとっての最大の問題は、足元で機嫌よさそうに尻尾を振っている「こいつ」だった。
「キュイッ!」
「……静かにしろ、ハク。目立つだろ」
銀色の毛並みに、青白い霊気の残り香。昨夜の進化を経て、ハクは「黒い毛玉」から、息を呑むほど美しい「銀狐」へと姿を変えていた。 式神の姿が変わることは、スクーラーとしての格が上がった証だ。当然、教室に入るなり注目の的になった。
「ちょっとハルト! その子、どうしたの!?」
真っ先に駆け寄ってきたのは、やはり結衣だった。 彼女はハクを見るなり、瞳をキラキラと輝かせ、膝をついてハクの顔を覗き込んだ。
「昨日までは、その、もっと……モップみたいだったのに! すっごく可愛い! 触ってもいい?」
「ああ、構わないけど……」
結衣が恐る恐る手を伸ばすと、ハクは人懐っこく彼女の手に鼻先を寄せた。ハクから伝わってくる感情は「守護」。昨夜、俺が結衣にかけた重力障壁の影響か、ハクは結衣を「守るべき対象」として強く認識しているようだった。
「ふわぁ……柔らかい……。ねえハルト、これなら今日の式神適性検査、絶対に評価上がるよ!」
結衣が嬉しそうに笑う。その笑顔に、少しだけ胸が痛む。 ハクの進化は、俺の「法則改変」を吸いすぎた結果だ。もし検査で詳しく調べられれば、また正体がバレるリスクが上がる。
2
「やあ、ハルト。……ほう、昨夜の成果は上々のようだね」
教室の入り口から、涼やかな声が響いた。 ルカ・エヴァンズ。 彼は取り巻きの視線をかわしながら、当然のように俺の隣の席に座った。
「ルカ様! ……あの、昨日ハルトを助けてくれて、ありがとうございました」
結衣が深々と頭を下げる。ルカは貴族らしい優雅な仕草でそれに応えた。
「礼には及ばないよ、白石さん。僕はただ、彼に『投資』しているだけだからね」
ルカは俺にしか聞こえない声で、「面白いことになったね」と囁いた。その直後、教室の扉が勢いよく開いた。
「全員、席に着け! 重要な通達がある」
入ってきたのは、SAクラスの主任教官だ。その表情は、いつになく険しい。
「来週、学園伝統の『クラス対抗魔法競技会』を開催する。各クラス、五人一組のチームを作り、トーナメント形式で戦ってもらう。……なお、優勝チームには、世界のランカーから直接指導を受けられる『特別研修権』が与えられる」
教室が沸いた。世界のトップスクーラー、つまり「ランカー」と接点を持てる機会など、平民出身の生徒には一生に一度あるかないかのチャンスだ。
「ただし」
教官の視線が、俺とルカに止まった。
「今回の競技会には、上級貴族の子息たちで作られた『エリート選抜チーム』も参加する。彼らは将来のエンペラー候補だ。……Fランクの混じる我がクラスが、どこまで無様に踊れるか、期待しているぞ」
教室の温度が、一気に下がった。教官の言葉は、明らかに俺を指していた。
3
休み時間。案の定、嫌がらせはすぐに始まった。
「おい、神代。聞いたかよ。エリートチームのリーダーは、あの『火帝』の親戚筋だそうだ。お前みたいなゴミが同じ舞台に立つだけで、学園の恥だってよ」
昨日俺を笑っていた佐々木が、数人の取り巻きを引き連れて俺の机を囲む。ハクが低く唸り声を上げるが、俺はそれを手で制した。
「……別に、俺が出なくてもクラスの誰かが勝てばいいだろ」
「はっ、弱気だな。だが残念だったな、チーム分けは成績順だ。お前は俺と、白石と同じチームになる。足を引っ張ったら、ただじゃおかねえからな」
佐々木は吐き捨てるように言うと、結衣に嫌らしい視線を送って去っていった。 結衣は不安そうに俺の手を握った。
「ハルト、どうしよう……。佐々木くんたち、本気でハルトを盾にするつもりだよ」
「……大丈夫だ、結衣。俺が、そんな簡単にやられると思うか?」
俺はハクの頭を撫でながら、ルカの方を見た。 ルカは楽しそうに、窓の外を眺めている。
(……法則改変は使えない。だが、重力加速を『身体強化』の範疇に見せかければ、やりようはある)
成り上がりのための最初の舞台。 俺は、自分が握りしめた「禁忌」の重さを、改めて噛みしめていた。
始まった特訓の日々。ルカは晴人に、人目を欺きながら「法則」を武器にする術を叩き込む。そして迎える大会初戦。結衣に迫る危機に、晴人の「重力」が静かに牙を剥く。




