第38話:『パンドラの心臓――五つの理を穿つ重力』
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ルカの空間転移が、俺の視界を強制的に塗り替えた。 気づけば、俺とハクは無機質な白銀の回廊――空中要塞パンドラの最深部、五帝が座す「審判の間」へと降り立っていた。
「……ネズミが飛び込んできたか。死に場所を自ら選ぶとは、殊勝なことだ」
土帝ガイアが、巨大な玉座から見下ろすように声を上げる。 彼の周囲には、風帝、雷帝、木帝、金帝が半円を描くように立ち、五つの異なる色の魔力が渦巻いていた。この空間そのものが、五人の魔力によって「絶対零度」と「数千度の熱」と「数万ボルトの電圧」が同時に存在する、物理法則の狂った地獄と化している。
「……ハク、準備はいいか。ここから先は、一秒の演算ミスも許されないぞ」
「……キュォォォォン!!」
ハクの九つの尾が逆立ち、銀と黒の霊気が俺の全身を包む。 俺たちの目的は、パンドラの動力源である「世界の心臓」を停止させること。だが、そのためにはこの五人の「神」を同時に超えなければならない。
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「――死ね、不適格者。五元素合一・『終末の残光』!!」
雷帝が咆哮し、五人の魔力が一点に集束した。 土、風、雷、木、金の五属性が混ざり合い、真っ黒な光となって俺を飲み込もうと迫る。 それはかつて光帝ソロモンが放った「光」よりも、さらに物理的な破壊に特化した暴力。
「(……避けるんじゃない。こいつらの『定義』ごと、叩き潰す!)」
俺は一歩も引かず、両手を前方へ突き出した。 脳内が焼け付くような感覚。ハクが俺の神経に直接潜り込み、パンドラの制御コードをハッキングしていく。
「――法則改変。定義上書き……『万有引力の王権』!!」
ドォォォォォォォォォン!!!
俺の周囲の重力が、もはや数値で表せないほどの「絶対的な重さ」へと進化した。 迫りくる五属性の合一魔法が、俺の数メートル手前で「自重」に耐えきれず、空間ごとひしゃげて床へと叩きつけられる。
「なっ……!? 合一魔法を……重力だけで……ねじ伏せただと!?」
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「……お前たちの理屈は、全部『重い』んだよ」
俺は重力で空間を歪めながら、一歩ずつ玉座へと歩みを進めた。 一歩踏むたびに、要塞パンドラの床がクレーターのように陥没していく。
「お前たちが守りたいのは世界じゃない。自分たちが支配できる箱庭だ。……そんな身勝手な重み、全部俺が引き受けてやる」
ハクの咆哮と共に、俺の背後に「世界のOS」を直接喰らい尽くす巨大な狼の影が具現化した。 五帝たちが恐怖に顔を歪める。彼らが今まで「神」として君臨できていたのは、OSというシステムに守られていたからに過ぎない。 システムから解き放たれた俺の「剥き出しの意志」の前では、彼らはただの臆病な魔法使いに過ぎなかった。
「――全部、落ちろ」
俺が手を振り下ろした瞬間、五帝たちの玉座が、そして彼らの肉体が、かつてないほどのG(重力加速度)に襲われ、地べたへと這いつくばった。
「ぐ、あああああ……っ! 体が……魂が……潰れる……っ!!」
「……これが、自由の重さだ。覚えておけ」
俺は悶絶する五帝を無視し、その奥で不気味に脈動する「パンドラの心臓」へと手を伸ばした。 この鼓動を止めれば、要塞は沈み、世界は本当の意味で「誰のものでもない明日」を迎える。




