第36話:『紅蓮の独裁者――ハク、真の「捕食」』
1
溶け落ちる氷晶宮。水帝が築いた静寂の城は、今や炎帝レオンハルトが放つ熱量によって、阿鼻叫喚の焦熱地獄へと変貌していた。
「どうした、不適格者! 先ほどまでの威勢はどうした! 私の前では、重力すらも熱に焼かれ、霧散するのみか!」
炎帝が腕を振るうたび、太陽の黒点を思わせる超高温の炎が渦を巻き、空間そのものを歪めていく。 俺は麻痺した右腕を庇いながら、結衣を背後に隠した。だが、防護のために展開した重力障壁すらも、炎帝の「概念燃焼」によって内側から発火し始めている。
「(……クソッ、出力が違いすぎる。ハクがいない今の俺じゃ、こいつの熱力学を上書きしきれない……!)」
意識が遠のく。熱に焼かれ、酸素が奪われていく。 その時だった。俺の胸元で、ずっと眠っていた小さな塊が、ドクン、と力強く脈打った。
2
「――キュォォォォォォォォォン!!」
俺のコートを突き破り、飛び出したのは銀色の閃光。 ハクだ。 だが、その姿は以前のどの形態とも違っていた。九つの尾は影のようにたなびき、その全身は周囲の炎を吸い込むように、どす黒い「虚無」を纏っている。
「ほう、目覚めたか。だがその程度の式神、私の『獅子王の焔』で灰にして――」
炎帝が放った極大の火炎弾。 しかし、ハクは逃げなかった。それどころか、顎を大きく開き、迫りくる炎を**「物理的に喰らい」**始めたのだ。
「……なっ!? 私の炎を、食べたというのか!?」
「キュォォォン!!」
ハクが炎を飲み込むたび、俺の中に冷徹なまでの「定義」が流れ込んでくる。 ハクはただ炎を消しているんじゃない。炎帝が世界に刻んだ『熱』という法則を、エネルギーとして捕食し、俺の演算リソースへと変換しているんだ。
3
「……ハク、よくやった。……これなら、いける」
俺の右腕の麻痺が、ハクから供給される莫大な魔力によって強引に修復される。 俺は立ち上がり、炎帝の頭上に右手をかざした。
「レオンハルト。あんたの炎は確かに熱い。……けど、光さえ逃げ出せない場所なら、火種一つ残らないはずだ」
法則最終改変:『事象の地平』
俺とハクの意識が完全にシンクロし、炎帝の周囲一帯の重力が「無限」へと加速した。 ドォォォォォォォォォ……ッ!!!
爆音さえも重力に囚われ、周囲は不気味なほどの無音に支配される。 炎帝の背後にいた巨大な炎の獅子が、俺の作った「極小の特異点」へと吸い込まれ、一瞬で圧殺された。
「ぐ……が……はあぁっ!? 私の、私の炎が……消される……!?」
「……これでチェックメイトだ。あんたの負けだ、炎帝」
俺の放った重力の波動が、炎帝の防御を粉砕し、彼を崩壊する城の底へと叩きつけた。 赤く染まっていた空から炎が消え、再び本物の星空が顔を出す。 だが、俺たちはまだ知らなかった。 水と炎、二人の皇帝が倒れたことで、残された五帝たちが「真の恐怖」を感じ、なりふり構わぬ最終手段に出ようとしていることを。




