第34話:『氷海の決戦――父と娘の円舞曲(ワルツ)』
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東京湾の沖合数キロ地点。そこには、かつての摩天楼を嘲笑うかのように、巨大な氷の城**『氷晶宮』**が鎮座していた。 周囲の海面は水帝の魔力によって垂直に切り立ち、城を守る巨大な渦を形成している。
「……ハルト、あそこだよ。お父様があの中にいる」
結衣の声は、激しい潮騒の中でも透き通って響いた。 俺たちは結衣が生成した氷の道を駆け抜け、城の門へと辿り着く。だが、そこには白銀の甲冑に身を包んだ一団が、無数の水の槍を構えて待ち構えていた。
「――これより先、不浄の者は一歩も通さぬ。我ら、水帝直属**『水霊騎士団』**が、汝らの命を母なる海へ還そう」
騎士団長らしき男が剣を掲げた瞬間、周囲の海水が意思を持った蛇のように鎌首をもたげ、俺たちに襲いかかる。
2
「ハルト、騎士団は私がやる。あなたは……体力を温存しておいて」
結衣が一歩前に出る。その背中には、もう俺に守られていた少女の面影はない。 襲いかかる数千の水の弾丸。結衣は杖を振るわず、ただ静かに掌を広げた。
「――私の魔法は、お父様から教わった『流転』じゃない。……すべてを止めて、守り抜くための力」
氷結奥義:『絶対零度の円舞曲』
結衣を中心に、白銀の衝撃波が円状に広がった。 接触した瞬間、荒れ狂う海水も、騎士たちの放つ魔力の槍も、その「運動」そのものが凍りつき、美しい氷の彫刻へと変わっていく。 水という「変幻自在な属性」に対し、結衣は「存在の静止」という究極の回答を突きつけたのだ。
「なっ……!? 騎士団の魔力ごと凍らせたというのか……!?」
「道を、空けてください」
結衣の鋭い一喝と共に、巨大な氷の門が粉々に砕け散った。
3
城の最奥、玉座の間。 そこには、地球儀のような巨大な水の球体を操る男、アクア・リシュリューが独り佇んでいた。 彼は入ってきた俺たちを見ることなく、ただ淡々と、沈みゆく日本列島のホログラムを見つめている。
「……来たか。私の不出来なスペアと、世界を壊したウイルスよ」
「お父様……もうやめて。こんなことをしても、誰も救われない!」
結衣の叫びに、アクアはようやく顔を上げた。その瞳は、深海の底のように冷たく、感情の光が一切宿っていない。
「救う? 違うな、結衣。これは『整理』だ。OSが消えた今、この世界には混沌しか残らん。ならば、私が唯一の定義となり、世界を再び完璧な循環の中へ戻してやるのだ」
アクアが手をかざすと、玉座の間の床から莫大な量の水が溢れ出した。 それはただの水ではない。人の魂を溶かし、魔力として吸収する禁忌の術式――『魂葬の海』。
「(……まずいな。このプレッシャー、光帝ソロモンとはまた違う、ドロリとした重さだ)」
俺は眠っているハクを強く抱きしめ、自分の中の重力核を活性化させた。 「……結衣。あいつはもう、人の言葉じゃ止まらない」
「……わかってる、ハルト。……私がお父様を、終わらせる」
親子としての情を断ち切る、最後にして最大の師弟対決。 氷りついた空気の中で、二つの「水」の理が激突しようとしていた。




