第33話:『七帝の宣戦布告――沈む列島』
1
土の巨人が放った黄金の拳が、俺の眼前に迫る。 以前の俺なら、ハクの演算補助を受けて「回避」の確率を計算していただろう。だが、今の俺にその必要はなかった。
「……重力、固定」
俺が小さく呟くと同時に、俺の周囲数メートルの重力が「無限の質量」へと変わった。 ドゴォォォォォン!! 激突した土の拳が、俺の体に触れる直前、自らの重さに耐えきれず砂となって崩れ落ちた。
「な……!? OSの補助なしに、定義を固定しただと……!?」
巨人の奥から土帝の驚愕の声が響く。 俺は一歩踏み出し、今度は重力を「前方への一点」に集約させた。
「――これは、命令じゃない。俺の意志だ」
拳を突き出す。 衝撃波が直線上にあるすべてを圧砕し、土の巨人を跡形もなく消し飛ばした。 千代田の廃墟に、再び静寂が訪れる。だが、それは嵐の前の、あまりに短い静寂だった。
2
「ハルト、見て! 海が……!」
結衣が水平線を指差して叫んだ。 本来ならビル群に遮られて見えないはずの東京湾。しかし、今や海水は巨大な壁となって盛り上がり、かつての海岸線を飲み込んでこちらへと迫っていた。
それだけではない。 空に巨大な魔力のスクリーンが展開され、一人の男の姿が世界中に映し出された。 青い法衣を纏い、冷徹な美貌を持つ男。結衣の父であり、八帝の次席――『水帝』アクア・リシュリューだ。
『全人類に告ぐ。……偽りの太陽は墜ちた。世界は今、理を失った濁流と化した』
水帝の声は、直接脳に響くような、圧倒的な魔力の圧力を持っていた。
『私はこの世界を「浄化」する。……新たなOSが構築されるまで、日本列島という名のバグを、母なる海へと還そう。……選ばれた者のみが、私の新世界へと招かれる』
映像の中で、水帝が指を動かす。 その瞬間、日本各地で大規模な地殻変動が起き、列島そのものが数センチ、数メートルと海へと沈み始めた。
3
「お父様……! なんてことを……!」
結衣が膝をつき、震える拳で地面を叩いた。 父がやろうとしているのは、秩序の名を借りた大量虐殺だ。
「……ハルト、行こう。あの人は、私が止めなきゃいけない。……私の氷で、あの人の冷たい野望を全部、止めてみせる」
結衣が立ち上がる。その瞳には、もはや「水帝の娘」としての迷いはなかった。 彼女の杖から放たれる冷気は、周囲の海水の一部を瞬時に凍らせ、白銀の道を作った。
「ああ。……ルカ、あんたはどうする」
俺は背後の軍師を振り返った。ルカは皮肉な笑みを浮かべ、黒い杖を回した。
「僕は、君たちの『伝説』を特等席で観測させてもらうよ。……それに、他の六帝たちも黙っちゃいない。土帝、炎帝、風帝……。奴らがここへ辿り着く前に、僕がいくつかの『盤面』を処理しておこう」
「……助かる」
俺は、いまだに眠り続けるハクをコートの内側に抱き寄せた。 ハクが目覚める時。それが、この世界の新しい王が決まる時だ。
「行くぞ、結衣。……海を割って、あの玉座まで駆け上がるぞ」
俺は重力を操作し、足元の空間を「圧縮」した。 一歩が数百メートル。 俺たちは、迫りくる大津波に向かって、真っ直ぐに跳んだ。




