第3話:『月明かりの密約』
1
放課後の喧騒が消えた学園。 俺はルカ・エヴァンズに呼び出され、立ち入り禁止区域である「旧・第四演習場」に足を運んでいた。 錆びついた鉄柵の向こう、月明かりを浴びて佇むルカの姿は、まるで一枚の絵画のように現実離れして見えた。
「来たね、ハルト。……君のその式神も一緒かな」
ルカが視線を落とすと、俺の足元で黒い毛玉のハクが「キュウ……」と警戒するように喉を鳴らした。
「……何の用だ、エヴァンズ。昼間の礼ならもう言ったはずだぞ」
「ルカでいいと言っただろう? ……単刀直入に言おう。ハルト、君の力は『身体強化』なんて安いものじゃない。この世界のOS……物理法則そのものを書き換える『法則改変』だね?」
心臓がドクンと跳ねた。 否定する言葉を探すが、ルカの碧眼はすべてを見透かしている。
「……バラせばいいだろ。平民が『法則』を盗んだ罪で、審問官に突き出せばいい」
「まさか。そんなことをしても僕の利益にはならない」
ルカは自嘲気味に笑い、俺に歩み寄った。
「僕はね、今の腐った『エンペラー』の体制を壊したいんだ。既得権益を独占し、新しい才能を『異端』として排除する……そんな連中に、僕の未来を決められたくない」
ルカの手が、宙に複雑な紋章を描く。その瞬間、周囲の空間が微かに震え、音を遮断する結界が展開された。
「僕は『月帝』の座を継ぐ候補者だ。だが、一人では限界がある。だからハルト、僕と組まないかい? 君が僕の『影』となり、僕が君の『盾』となる」
2
ルカの提案は、あまりに突拍子もなかった。 エリート中のエリートである彼が、最底辺の俺と手を組むという。
「……信じられるか。あんたみたいな天才が、俺を必要とするなんて」
「天才? ……ハルト、君は気づいていないのかい。君のその『重力』……不完全だが、僕の空間干渉すら歪ませているんだよ。試してみるかい?」
ルカが右手をかざす。 刹那、俺の周囲の空間が「断裂」し、目に見えない刃が迫る。
「(……来る!)」
考えるより先に、脳内の演算が加速した。 魔力ではない。世界そのものへの直接干渉。
「――法則改変。局所重力加速、下方一五倍」
ドォォン!!
俺の周囲だけ、重力の定義が書き換わった。 ルカの空間魔法が、異常な重圧に耐えきれず、俺に届く直前で床へと叩きつけられる。 演習場のコンクリートがクレーター状に陥没し、凄まじい衝撃波がルカの銀髪を揺らした。
「……はは、やっぱりだ。素晴らしいね、ハルト」
ルカは恐怖どころか、恍惚とした表情でその光景を眺めていた。
「君の法則は、既存の魔法体系を嘲笑っている。……君なら、いつかあの『土帝』すら超えるかもしれない」
3
その時だった。 俺の足元で、ずっと震えていたハクに異変が起きた。
「キュ……ガァァァッ……!」
苦しげな鳴き声とともに、ハクの黒い毛並みが逆立ち、青白い炎のような霊気が噴き出した。 ハクは俺が放った「重力の歪み」を無意識に吸収し、許容量を超えていたのだ。
「ハク!? どうした!」
「落ち着け、ハルト! 君の法則に当てられて、式神が『再構築』を始めているんだ!」
ルカの叫びと同時に、光が爆発した。 黒い毛玉だったハクの体がしなやかに伸び、二本の尾が夜風にたなびく。 光が収まった後、そこにいたのは――。
「クゥォォォォン……!」
凛とした立ち姿の、小さな「銀色の狐」だった。 その瞳には、俺と同じ黄金色の光が宿っている。
「……進化したのか? これが、ハクの本当の姿……」
「『理を喰らう獣』……伝説の神獣の雛だね。君の法則改変に適合できるのは、世界にこいつだけかもしれない」
ルカは俺の肩に手を置いた。
「ハルト、契約成立だ。君をこの泥沼から引き揚げてあげる。その代わり……世界をひっくり返す時、君の力を貸してくれ」
俺は、差し出されたルカの手を強く握り返した。 秘密を共有する共犯者。 不適格者と呼ばれた俺の、本当の逆襲がここから始まる。
ハクの進化により、学園内での注目度が図らずも上がってしまう晴人。そんな中、開催される「クラス対抗魔法競技会」。晴人は佐々木と同じチームになり、絶対絶命の窮地に立たされるが……。




