第29話:『世界の心臓(コア)――OSとの対話』
1
三枚のチップが融合して成った「黄金の鍵」を、皇居跡地に鎮座する虚無の空間――『開かずの門』へと差し込んだ。 刹那、視界から色が消えた。
瓦礫の山も、淀んだ空も、隣にいたはずのルカの姿さえも。 気がつけば、俺と結衣、そして疲弊して眠るハクは、どこまでも続く真っ白な空間に立っていた。 足元には、無数の幾何学模様と、滝のように上空へと流れ去る黄金の文字列――「世界のOS」を構成する生のコードが明滅している。
「……ここが、世界の心臓?」
結衣が震える声で呟く。彼女の吐息さえも、この場所では白く凍りつくことはない。温度という定義すら、ここでは可変的なデータに過ぎないのだ。
「――ようこそ、不適格者の少年。そして、水帝の娘よ」
頭上から、慈悲深くも冷徹な声が降り注いだ。 空間が歪み、巨大な黄金の椅子に座る一人の男のホログラムが顕現する。 八帝の首領、『光帝』ルミナス・ソロモン。 その姿は実体ではないはずなのに、放たれる威圧感だけで、俺の「重力改変」の演算が強制的にシャットダウンされそうになる。
2
「光帝……。あんたが、この世界のバグを掃除していた張本人か」
俺はふらつく足で一歩前に出た。ハクがいない今、俺の脳は剥き出しのOSからのノイズに直接晒され、焼けるような痛みを上げている。
「掃除、か。……私はただ、この『苗床』が腐らぬよう手入れをしているに過ぎない」
光帝は静かに腕を広げた。すると、真っ白な空間に、滅び去った過去の地球の映像が映し出された。 炎に包まれる都市、枯れ果てた海、そして絶滅していく人類。
「かつて、世界は物理法則の限界を迎え、崩壊しようとしていた。……先代の賢者たちは、人類を存続させるために、地球全土を一つの『演算装置』へと作り替えた。それがこの世界の正体……OSによって管理された仮想現実の牢獄だ」
「牢獄……? 私たちの生きてきた世界が、全部作り物だって言うの!?」
結衣の叫びに、光帝は悲しげに首を振った。
「作り物ではない。高度にシミュレートされた『本物』だ。……だが、OSの演算能力には限界がある。だからこそ、八帝という管理者が、不要な変数――つまり『不適格者』や『異端の魔法』を排除し、世界の安定を保たねばならんのだ」
3
光帝の視線が、俺の胸元……ハクに向けられる。
「神代晴人。君の持つ『重力加速』は、OSの基本定義を書き換える。それは世界を救う力ではない。システムそのものをクラッシュさせ、人類を真の滅びへと導く毒だ。……君は、自らが英雄だと思っているようだが、その実、世界を壊すウイルスに過ぎない」
「ウイルス……。俺が、世界を壊す……?」
言葉を失う俺に、光帝は残酷な選択肢を突きつけた。
「今ここで、その式神を差し出し、君の権限を返上せよ。さすれば、白石結衣の安全と、君のこれまでの罪を不問に処そう。……拒めば、OSは君というエラーを消去するために、全リソースを投入して『世界の初期化』を開始する」
足元の黄金の文字が、赤く染まっていく。 世界が、俺を拒絶し始めていた。
「……ハルト……」
結衣が俺の手を握る。その手は冷たく、そして激しく震えていた。 俺を信じてついてきてくれた彼女を、世界を道連れにしてまで、俺の我を通すべきなのか。
「――いいえ。彼はウイルスなどではありません。……彼は、この停滞した世界を『再起動』させるための、唯一の希望です」
背後から響いたのは、この場にいるはずのない、ルカ・エヴァンズの声だった。




