第28話:『システムの崩壊――ハク、第三形態へ』
1
俺が放った「無限加速」と「無限停止」。 相反する二つの定義が俺の拳の先で衝突した瞬間、世界のOSは致命的な論理エラーを引き起こした。
黄金のコピーの動きが、目に見えて不自然に止まる。 最適解を導き出そうとする彼の演算回路は、**「止まりながら進む」**という矛盾の極致に囚われ、処理落ち(スタック)を起こしていた。
「……ア、ガ……ガガ……」
完璧だったはずの表情が、ノイズのように歪む。 だが、その代償は俺の脳にも降り注いだ。視界が真っ赤に染まり、耳の奥で血管が弾けるような音がする。
「ハルト! やめて、これ以上は……あなたの存在が消えちゃう!」
結衣が必死に叫びながら、俺の背中から魔力を注ぎ込む。 しかし、今の俺はもはや、人という枠組みを超えた「世界のバグ」そのものと化していた。
2
その時だった。 俺の肩で限界を迎えていたハクが、天を突くような咆哮を上げた。
「――クゥォォォォォォォォォン!!」
銀色の霊気が、漆黒の虚無へと染まっていく。 ハクは俺が垂れ流した「矛盾の演算」を、その身すべてで喰らい始めた。 膨大なエラーコードがハクの肉体を再構築し、三本の尾はさらに増え、九つの影となって空間を蹂躙する。
ハク・第三形態:『虚空を喰らう銀帝』。
その姿はもはや式神の域を超え、法則そのものを従える神獣へと至っていた。 ハクの九つの尾が黄金のコピーを捕らえ、その「存在の定義」を直接食いちぎる。
「……ハク、行け。……俺たちの、正解を叩き込め!」
俺はハクの演算を借り、最後の一撃を放った。 それは加速でも停止でもない。 世界のOSから独立した、俺たちだけの新しい法則――『自由落下』。
3
ドォォォォォォォォォォォン!!
黄金のコピーは、一瞬の抵抗もできずに光の粒子となって爆散した。 彼を構成していた「完璧なデータ」は、ハクの口の中へと吸い込まれていく。 静寂が戻った。 千代田の水面は消え、元の廃墟が姿を現した。だが、空の紫色は晴れ、透き通った青空が顔を出している。
「……やった、のか」
俺は膝から崩れ落ちた。 ハクは元の小さな子狐の姿に戻り、力尽きたように俺の胸元で丸まった。 コピーが消えた場所に、最後の一枚、三枚目の「銀のチップ」が落ちている。
「おめでとう、ハルト。君は今、自分という最大の壁を乗り越えた」
ルカが静かに歩み寄り、三枚のチップを一つに合わせた。 三枚のチップは融合し、皇居の奥にそびえ立つ「開かずの門」を解錠する黄金の鍵へと形を変えた。
「さあ、この扉の向こうに、世界のOSの心臓部がある。……そして、そこには君たちの本当の敵が待ち構えているよ」
結衣が俺の手を取り、力強く頷いた。 彼女の瞳には、かつての迷いはなかった。
俺たちは、自分たちの手で奪い取った鍵を手に、世界の真実へと足を踏み入れる。




