第18話:『ランカー選抜試験、開幕』
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結衣と決別したあの日から、俺の心は凪のように静まり返っていた。 感情を殺し、ただ脳内の演算式を研ぎ澄ます。その果てに辿り着いたのは、太平洋上に浮かぶ巨大な人工島、海上要塞「アイギス」。ここが、世界ランカー選抜試験の会場だ。
「……随分と、いい面構えになったね。ハルト」
ヘリの爆音の中、隣に座るルカが声をかけてきた。 今回の試験は、学園の枠を超えた実戦だ。参加者は世界中から集まった、殺しを厭わないプロのスクーラーや、国家から派遣されたエリート候補たち。 周囲を見渡せば、巨大な重火器を背負う巨漢や、全身から禍々しい魔力を放つ魔術師たちが、俺という「子供」を品定めするように睨みつけている。
「……あの日、俺は全部捨てたんだ。あとは登り詰めるだけだ」
俺の肩で、三本の尾を持つ銀狐・ハクが低く唸った。ハクの額にある螺旋の紋章が、要塞を包む強力な防衛結界に反応して、かすかに青白く光っている。
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試験の第一段階は、島全体を使った「エンブレム争奪バトルロイヤル」。 参加者百名に対し、次のステージへ進めるのはわずか十名。文字通り、十倍の倍率を力ずくで突破するサバイバルだ。
「それでは、開始する。――死ぬ勇気のない者は、今すぐ海へ飛び込め!」
アナウンスと共に、要塞の各所から爆炎が上がった。 俺が降り立ったのは、コンテナが迷路のように積み上がった港湾エリア。着地と同時に、背後から猛烈な殺気が迫った。
「ガハハ! 運がねえなあ坊主! 最初の獲物は、その小綺麗な狐だ!」
現れたのは、ドイツから来たという巨漢のスクーラー、グレゴール。 彼は「鉄の重圧」という二つ名を持つ、世界ランク九八〇位の末端ランカーだった。彼が振るう巨大な鉄球が、空気を切り裂いて俺の頭上へと迫る。
「(……ランカーの実戦。魔法の密度が、学園の連中とは次元が違うな)」
だが、今の俺にはそれすらも「スローモーション」に見えていた。 ハクと同期した脳内演算が、鉄球の放物線、空気抵抗、そして重心を瞬時に導き出す。
「ハク。……一秒で終わらせるぞ」
「キュォォォン!!」
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俺は逃げなかった。 迫りくる鉄球に対し、真っ直ぐに一歩踏み出す。
「――法則改変。前方重力加速度、三〇倍。……解除。……慣性固定」
ドッ、とアスファルトが陥没した。 俺の体は、ただの「移動」ではない。物理法則を無視した「弾丸」となって、鉄球の横をすり抜けた。 グレゴールの驚愕に染まった顔が、視界を流れる。
「なっ……速……っ!?」
俺は彼の懐に潜り込み、ハクの霊気を右拳に集中させた。 狙うは一点。心臓。 「――重力圧縮」
ドゴォォォォォン!!
爆発的な衝撃波。 グレゴールの巨体は、一発のパンチで数十メートル後方のコンテナまで吹き飛び、鉄の壁に深い人型のクレーターを刻んで動かなくなった。 一撃。 かつて俺が手も足も出なかったはずの「ランカー」が、今はただの案山子に過ぎない。
「……ふぅ。次は誰だ」
俺は煤を払い、冷徹な瞳で周囲の影を睨みつけた。 港湾エリアに潜んでいた他の受験生たちが、一斉に息を呑み、気配を殺して撤退していくのがわかった。
この島に響き渡った最初の一撃。 それは、神代晴人という不適格者が、世界の頂点へと駆け上がるための宣戦布告だった。
スタジアムのモニター越しにそれを見ていた試験官の一人――アメリカのランカー、ジャック・D・ライトニングがニヤリと笑った。
「オーウ……なんてデタラメな加速だ。あの少年、本当に人間か?」
成り上がりのドラマは、今、世界中へ中継されようとしていた。




