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重力加速の不適格者  作者: はっこー
第一章:『重力加速の不適格者(アウトサイダー)』

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16/39

第16話:『炎帝の招宴(しょうえん)』

1

 新宿任務の「事後処理」という名目で俺が連行されたのは、学園の地下深くにある特設迎賓館だった。  扉が開いた瞬間、肺に吸い込む空気が焼けるように熱い。そこには、真冬だというのに周囲の空気を陽炎かげろうのように揺らす一人の男がいた。


「――お前か。不適格者の分際で、世界のことわりに泥を塗ったという小僧は」


 レオンハルト・フォン・イグニス。  八帝エンペラーの一角、『炎帝』。  深紅の軍服を纏い、玉座に深く腰掛けるその男は、視線だけで人の魂を灰にするような圧倒的な圧を放っていた。彼の背後には、巨大な炎の獅子が式神として顕現しており、その咆哮が空間をビリビリと震わせている。


「炎帝閣下。神代晴人を連れてまいりました」


 俺を連れてきた監査部の男たちが、一斉に膝をつく。  俺はハクを抱きしめたまま、その熱気に耐え、男を見据えた。


「……何の用だ。俺みたいな一学生に、エンペラーが何の用がある」


「ほう、その不敬な態度。……噂以上だな」


 炎帝が指先を弾く。  刹那、俺の周囲が炎の壁で囲まれた。


「貴様が新宿で見せた『力』は、既存の魔法の範疇を超えている。……それが命を削る禁術だというのなら、今ここで、その命が尽きるまで燃えてみせろ。もし生き残れば、貴様の不敬を水に流してやろう」


2

「――っ!!」


 炎の壁が狭まる。  単なる火炎ではない。熱力学の法則を無視し、酸素を奪うこともなく「対象の存在そのもの」を燃やし尽くす概念の炎だ。  ハクが「キュォォォォォン!!」と高く叫び、俺の肩で全演算を開始した。


(ハク、熱エネルギーを『質量』に変換して逃がせ! 俺の周囲、一〇センチの重力を極限まで圧縮!)


 俺は歯を食いしばり、脳内の計算機をオーバーヒート寸前まで回す。  本来、重力と熱は異なる事象だ。だが、超重力下では光さえも曲がる。ならば、炎という現象のベクトルさえも曲げられないはずがない。


「――法則改変。局所重力偏向、出力最大フル・バースト!!」


 ドォォォォン!!


 俺の周囲に、黒い球体状の重力障壁が展開された。  降り注ぐ極大の熱が、障壁のへりを滑るように逸れていく。俺の足元の床は瞬時に溶けてマグマと化したが、俺自身は無傷。  それどころか、俺は炎の渦を突き破り、一歩、また一歩と炎帝の玉座へと歩みを進めた。


「な……!?」


 傍観していた監査部の連中が目を見開く。  一歩進むたびに、俺の心臓は物理的に重力に押し潰されそうになる。だが、ルカに見せつけたあの「命を削る覚悟」が、今この瞬間、俺の最大の盾となっていた。


3

 俺は炎帝の目前、数メートルの距離まで到達した。  顔はすすで汚れ、腕の皮膚は熱で赤く爛れている。それでも、俺の瞳は黄金の重力光を放ち、炎帝を真っ向から射抜いていた。


「……もういいだろ。俺を燃やし尽くしたいなら、あんた自身が玉座から降りてくるんだな」


 静寂が訪れる。  炎帝の背後の獅子が、獲物を定めるように低く唸った。  だが、炎帝レオンハルトは、不意にその場を支配していた熱を霧散させた。


「――くははははっ! 面白い! 実に面白いぞ、小僧!!」


 彼は腹を抱えて笑い、玉座の肘掛けを叩いた。


「これほどの意志、そして理不尽なまでの重圧。……貴様、平民の生まれだそうだが、その魂はどの貴族よりも『傲慢』だ」


 炎帝は立ち上がり、俺を見下ろした。


「気に入った。貴様の処刑は中止だ。その代わり、神代晴人。貴様を私の『直轄任務』に任命する。……近々、学園で開催される『世界ランカー選抜試験』。そこで勝ち残り、私の隣まで這い上がってこい」


 炎帝は赤いマントを翻し、一通の招待状を俺の足元に投げ捨てた。  それは、学生という枠を超え、真の「怪物」たちが集う世界への片道切符だった。


「ルカ・エヴァンズも、これを見越して貴様を育てていたのだろう。……面白い。月と重力、そして炎。世界を焼く準備は整いつつあるというわけだ」


 俺は崩れ落ちそうになる膝を必死に支え、招待状を拾い上げた。    助かった。だが、その代償は「世界中の強者たちに、俺という獲物の存在を知らせる」ことだった。    帰り道、冷え切った地下廊下。  影の中から現れたルカが、どこか満足げに微笑んだ。


「お疲れ様、ハルト。これで君は、正式にエンペラーたちの『盤上』に乗った。……さあ、次は君の幼馴染――白石結衣をどうするか、考えないといけないね」


 ルカの言葉に、俺の胸がズキリと痛んだ。    成り上がれば成り上がるほど、大切なものが遠ざかっていく。  その重力こそが、今の俺にとって最も逃れがたい呪いだった。

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