第13話:『特務スクーラーへの招集』
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あの一夜の襲撃から数日後。学園内は、競技会の熱狂が嘘のように静まり返っていた。 だが、俺を取り巻く環境は激変していた。
「――神代晴人、ルカ・エヴァンズ、そして白石結衣。以上三名に、特務実地任務を下す」
校長室に呼び出された俺たちに、教務主任が厳しい顔で書類を差し出した。 通常、一年生が学園の外で実戦任務に就くことはあり得ない。だが、競技会での俺の「命を削る禁術」という評価と、ルカの圧倒的な実力が、上層部を動かしたらしい。
「目的地は、東京郊外の第零管区。……通称『新宿シンギュラリティ』だ」
「新宿……。あそこは、今も怪異の出現率が国内で最も高い『レッドゾーン』じゃないですか」
結衣が不安そうに声を上げた。俺たちの住む場所からは隔離された、廃墟と化した街。そこはスクーラーの中でも選ばれた「ランカー」たちが最前線で戦う死地だ。
「そうだ。本来なら君たちの出る幕ではないが、最近その周辺で不自然な『法則の乱れ』が観測されている。月帝候補であるルカ君の空間干渉能力と、神代君の……特異な重力耐性。それを見込んでの選出だ」
俺はルカと視線を交わした。ルカの瞳には、これが単なる任務ではなく、昨夜の「土帝」の影を追うための舞台であるという確信が宿っていた。
2
翌朝、俺たちは専用の装甲ヘリに乗り込み、新宿へと向かった。 ヘリの窓から見える景色は、かつての繁栄を物語るビル群が、巨大な植物や結晶体に侵食された異様な光景だった。
「ハルト、大丈夫? 顔色が悪いよ」
結衣が、機内の騒音に負けないよう耳元で囁いてくる。彼女は今回、後方支援と氷結魔法による足止め役として同行している。
「大丈夫だ。……それより、お前こそ無理するなよ。何かあったら、俺の後ろに隠れてろ」
「もう、またそうやって子供扱いして。……でも、ありがとう」
結衣は少し照れたように笑うと、ぎゅっと自分の杖を握りしめた。 俺の肩では、ハクが「キュイ……」と低く唸っている。新宿に近づくにつれ、空気中のマナの密度が異常に高まり、重力定数さえも微細に変動しているのをハクの感覚を通して感じ取っていた。
「……着いたよ。ここからは『理』が通じない世界だ。気を引き締めていこう」
ルカが扉を開けると、そこには暴力的なまでのマナの奔流が渦巻く、灰色の街が広がっていた。
3
ヘリを降りて数分。俺たちは、ビルの谷間に潜む「それ」と遭遇した。
「ガァァァァァァッ!!」
建物の影から飛び出してきたのは、全身が黒い結晶で覆われた、虎のような姿の怪異。 学園の演習で使われる擬似体とは、放つ殺気の濃度が違う。
「結衣、足止めを! ハルト、右から追い込むよ!」
「了解!」
結衣が瞬時に床を凍りつかせ、魔獣の足を封じる。 俺はハクと意識を同期させ、脳内の計算式を立ち上げた。
(ハク、新宿の重力偏差を補正。……重力加速度、前方30度へ偏向。加速――!)
ドッ、と空気が爆ぜる。 俺は廃車のボンネットを蹴り、不自然な放物線を描いて魔獣の頭上へ。
「――法則改変。質量付加、500キログラム」
俺の右拳に、一瞬だけ小型車一台分に相当する重力を乗せる。 ドゴォォォォォン!! 魔獣の頭部がアスファルトを突き破り、地面に深く沈み込んだ。
「……ふぅ。一丁上がりだ」
俺はハクと共に着地した。 だが、ルカの表情は晴れない。彼は地面に沈んだ魔獣の死体を見つめ、眉をひそめた。
「……おかしいね。この魔獣、さっき一瞬だけ『重力が逆転』したような動きを見せなかったかい?」
「え……?」
俺が重力を加える直前、魔獣の体がふわりと浮き上がった気がした。 俺の仕業ではない。 この街には、俺以外の「法則」を操る者が潜んでいる。
その時、ビルの屋上から、俺たちを見下ろすいくつもの「目」があることに気づいた。 土色の仮面をつけた男たちが、静かに、獲物を囲むように立ち並んでいた。
「……罠か」
俺は拳を握り直した。 東京の廃墟で、俺たちの本当のサバイバルが始まろうとしていた。




