第12話:『宴の後の影』
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大会優勝の興奮冷めやらぬ夜。学園のカフェテリアでは、Aクラスの生徒たちによる盛大な打ち上げが行われていた。 かつて俺を「欠陥品」と呼んでいた連中までもが、手のひらを返したように俺の周りに集まり、称賛の言葉を投げかけてくる。
「……悪い、ちょっと風に当たってくる」
人酔いした俺は、ハクを連れて静かな中庭へと逃げ出した。 夜風が火照った顔に心地いい。だが、右拳に残る鈍い痛みは、俺が今日犯した「嘘」の対価だった。
「やっぱり、ここにいた」
後ろから聞こえたのは、聞き慣れた足音。 結衣が、紙コップを二つ持ってこちらに歩いてきていた。
「結衣。……お前も中で祝ってくればいいのに」
「主役がいないんだもん、つまんないよ。……はい、お疲れ様。ハルト」
手渡された温かい紅茶を啜る。 結衣は俺の隣に並んで座り、夜空を見上げた。
「……ねえ、ハルト。本当に、もう大丈夫なの? 身体は痛くない?」
「ああ。ハクのおかげで、前よりずっと楽だよ」
「……よかった。私ね、今日の決勝戦、怖くて見てられなかった。でも、ハルトが勝った瞬間、自分のことみたいに嬉しくて……。……その、これからも、ずっと隣で応援させてね」
結衣が、俺の制服の袖をぎゅっと掴んだ。少しだけ顔を赤らめ、上目遣いで俺を見る。 そんな彼女の純粋な想いに、俺の心臓が不自然なほど速く脈打った。重力操作のせいじゃない。これは、俺自身の感情だ。
「……ああ。約束するよ」
甘酸っぱい、ラブコメのような時間。 だが、その安らぎは、不気味な「重圧」によって切り裂かれた。
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「――ひゅぅ、いい雰囲気だねぇ。お邪魔しちゃったかな?」
聞き覚えのない、粘りつくような声。 植え込みの影から、一人の男がゆっくりと姿を現した。 黒いローブを纏い、顔には不気味な土色の仮面。彼が地面に足を下ろすたび、周囲の石畳がミシミシと音を立てて砕けていく。
「誰だ……!?」
俺は咄嗟に結衣を背後に庇い、ハクを構えさせた。
「僕はね、土帝閣下に仕える掃除屋さ。……神代晴人くん。君、さっきの試合で面白いものを見せてくれたね。あれ、ただの身体強化じゃないよねぇ?」
男が指をさすと、地面から巨大な「泥の手」が突き出し、俺たちを握りつぶそうと迫る。
「結衣、下がれ! ハク、防御計算!」
「キュォォォォォン!!」
ハクが銀色の防壁を展開する。だが、泥の手はその防壁さえも、圧倒的な『質量』で押し潰してきた。
「魔法の硬度じゃない……! こいつ、土の密度を限界まで高めてやがるのか!?」
「当たり。僕の能力は『重圧固定』。……さあ、君の『法則』で、僕の土をどかしてみなよ」
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男の攻撃は、これまでの学生たちのそれとは次元が違った。 一撃一撃に数トンもの質量が乗っている。このままでは、結衣が巻き込まれる。
「(……まずい、ここで全力の『法則改変』を使えば、学園中のセンサーに引っかかる。だが、使わなければ殺される……!)」
俺の葛藤を見透かしたように、暗殺者がさらに巨大な土塊を生成する。
「ハルト、逃げて! 私は大丈夫だから……っ!」
結衣が必死に氷の壁を作るが、土塊の重圧に一瞬で粉砕されてしまう。 その時だった。
「――そこまでにしておきなよ。僕の庭で、随分と行儀が悪いね」
頭上から、冷徹な声が降ってきた。 銀色の髪を夜風にたなびかせ、ルカ・エヴァンズが塀の上に立っていた。 彼の周囲の空間が、鏡のようにパキパキと割れ始める。
「月帝の小僧か……。……ちっ、今日は挨拶程度にしておくよ」
男はルカの魔力を察知し、地面に溶けるように消えていった。 静寂が戻る。だが、俺の心は激しく揺れていた。
「……ルカ。今の奴は……」
「土帝、ガイア・クロムウェルの配下だよ。……ハルト、君の力はついに『本物』たちに見つかってしまった。もう、学園の遊びは終わりだ」
ルカは塀から飛び降り、俺に鋭い視線を向けた。 平和な日常の終わり。 それは、世界を統べる八人の帝、そして最凶のラスボス「土帝」との、長い戦いの幕開けだった。




