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第8話 骸士ってなに


 彼女——アストリッドは飯場に響いた絶叫を歯牙にもかけず、僕を見つけると薄く微笑んで手招きをした。


「そこにいたのね、アサヒ。おいで」

「はいっ!」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て、アサヒっ!」


 アストリッドの元へと駆け出そうとした僕にレアが待ったをかける。ものすごく信じられないものを見たように表情が強張っていた。


「あさ、アサヒっ、お前、そのお貴族様とどういう関係だ……?」

「そのお貴族様じゃないよ、アストリッド様だよ。どういう関係? パトロン?」

「んな……!?」


 昨日教えてもらったばかりの言葉を言うと、レアが愕然と口を開いた。本当は恩人と呼びたいけどレアにはこっちの方が意味がよく伝わったらしい。良かった。


 僕は奴隷たちの視線を体中に浴びながら、彼女の元まで駆け寄る。


「アストリッド様っ、アストリッド様っ。どうしたのこんな所に! 暇なの⁉」

「いきなり失礼ね貴方。でも私に会えて嬉しいのが丸わかりだから許してあげるわ」


 コツン、と軽い音を立てて、アストリッドの人差し指が僕のおでこを弾いた。


「見ていたわ、貴方の探索。朝早すぎて途中からだったけれど、すごいじゃない。よく頑張ったわ」

「全部アストリッド様のおかげだよ! 本当に嬉しくて、ずっとお礼言いたかったんだ!」

「いいのよそれくらい。これまでの貴方の努力が結ばれた結果よ」

「そんなことないよ! アストリッド様がいなかったら絶対ゴブリンなんて倒せなかった! スキルを使えたのだって……本当にありがとうございます!」

「そう……ふふ、いい子ね」


 アストリッドは少しだけ含むような笑みを浮かべると、僕の両頬をつまんでこねくり回した。まるで動物にするみたいで少し気恥ずかしい。

そのままぐにぐにとされるがままになっていると、やがて満足したのかぱっと手を離す。


「行きましょう、ここは空気が良くないわ」

「行くってどこに?」

「二人きりになれるところよ。私、視線はともかく会話は聞かれたくないの」


 よくわからない基準が彼女にはあるらしい。


 ……奴隷が二人っきりになれるところなんてあったかな?


 皆が寝静まる夜なら昨日みたいなことも起こりうるけど、昼間でそういうのは難しい。

 まぁ付いていけばいいか。


「――あ、アス、アストリッド、様っ!」

「レア……?」


 あれほど貴族を怖がっていたはずのレアが、僕ではなくアストリッドに声を掛けた。

 レアは顔を蒼褪めさせて脚まで震わせている。呼びかけにアストリッドが振り返ると、「ひぅ」と小さな悲鳴まで漏らした。


「どうしたの、お嬢さん。私に何か用かしら」

「あ、アサヒを、どうするつもりだ、ですか」

「あら分かりやすい。大丈夫よ怖がらなくても。私は子供には優しいの」


 アストリッドはレアに向かって優しく微笑んだ。


「どうするも何も私はアサヒのパトロンよ。二人きりで今後の方針を話し合うの。何かおかしなところでもあるかしら」

「随分と、アサヒと親しげなようで……」

「パトロンだもの」


 それ以上説明する気がないとはっきり伝わる言い方に、レアが震える脚でぐっと踏み込む。


「ぱ、パトロンは、奴隷を好きにしていい権利はないはずっす。男娼なら地上で探したらどうっすか」

「……失礼過ぎて逆に面白いわ。言ったのが女の子で、しかも貴方じゃなかったら折檻くらいはしていたかも」


 ……男娼ってなに。

 

 しかし僕の疑問を置いて話は進む。割と怖いことを言われたはずなのにレアは怪訝に顔をしかめた。


「オレじゃなかったら……? どういう意味っすか」

「この子の周りは既に調査済みなの。貴方の名前はレア。14歳。天職は『ウォーリア』。一年前に天職を授かってから頭角を表し始め、近々上位職に転職できるという噂もある。顔も勝気で端正だし、熱心な『穴党』の間ではそこそこ有名よ貴方。そろそろ彼らから支援話と一緒にギフトの一つや二つ届くんじゃないかしら」

「え、まじっ、」

「すごいよレア! おめでとう! ギフトってあれだよね、お金とか装備とかアイテムとか、とにかく攻略記録を見て凄いと思った人が探索者に贈り物をするっていうあれだよね⁉ そんな人滅多に見ないよ! しかも上位職に転職⁉ 一生できない人だっているのにすごい! すごいよ!」

「だーうるせーバカ何回すごい言うんだよ! お前が入ってくると話進まねーだろーが!」

「ごめん、けど本当にすごくて、嬉しくてっ! でもいつの間に? 僕と潜ってる時にそんな応援されるようなことあったかな……」


 その答えはレアではなくアストリッドが教えてくれた。


「その子は日に二回ダンジョンアタックしてるのよ。週に一度くらいかしら」

「人が隠してること勝手にバラさないでもらえないっすか⁉」


 ……そんなことしてたんだ。


 僕も暇な時に一人で潜ってるのは知ってるはずなのに。誘ってくれれば……いや、足手まといはいない方がいいから一人なのか。そっか……。


「そんなことはどうでもいいわ」


 僕の胸に宿った感傷が、その一言でかき消された。


「大事なのは、貴方がこの子を長年支え続けてくれたということ。だからさっきの失礼過ぎる言葉は聞き流して上げるわ。良かったわね」

「……別に、聞き流さなくていいんすけど」

「あら勇気のある子。ならどうしてくれようかしら」

「ぐ……っアサヒ! こっちに来い! オレ達と同じパーティーに戻れ!」


 差し伸べられたレアの手と、アストリッドの冷たい視線。

 僕は選ぶまでもなく、アストリッドの袖を掴んだ。


「ごめんねレア。僕はアストリッド様に付いていくよ」

「——ガッ!?」

「というよりレアはもう3人目を見付けてるでしょ? 色々複雑な事情もあるし。そっちを優先しなよ」

「いい子ねアサヒ」


 アストリッドは優越感を滲ませた瞳でレアを見下ろす。


「アサヒに感謝しなさい、気分が良いから見逃してあげるわ。それにバツも降りたようだし……ふふ」

「よく分からないけど僕はアストリッド様に従うよ。だって僕に未来をくれた恩人だもの」

「もういいの。もういいのよアサヒ。それ以上その子を追い詰める必要はないわ。さぁ、行きましょう」


 アストリッドは僕の背中を押して飯場から出た。そして道案内をするように前をスタスタと歩く。


 ……ごめんねレア。また夜に話そうね。


「ちょっと待ってくだせぇ、お貴族様」


 いつの間にか。本当にいつの間にか。

 僕やレアとの会話を聞いて安全だと判断したのか、大人の奴隷達が前を塞いでいた。僕は彼らの顔に見覚えがある。奴隷の間では有名なリーパー集団——その筆頭。

 

 やはり貴族が来るような所ではないのだとまざまざと見せ付ける光景に、僕は体が少し強張った。 


 彼らはアストリッドに下卑た笑みを浮かべ、


「へへ、お貴族様。そんなガキより俺達の方がよっぽど役に、」

「黙りなさい口が臭いわ」


 ——と、問題になどなるはずもなく、たった一言で道を開けさせた。


「わぁ! アストリッド様かっこいい!」

「アサヒ、飴でも舐めてなさい。威厳が台無しだわ」


 飴をもらった。

 美味しい。



 地下螺旋階層には色々な場所がある。

 僕たちダンジョン奴隷がダンジョンに潜る為の『ポータルの間』。農奴を選んだ人たちが作物を育てる農場や畜産場。他にも炊事場や水浴び場、奴隷達の娯楽用に賭場など色々。

 その中にはお金を払わなければ入れない施設もあり、僕はアストリッドにその内の一つへと連れて行かれた。


 教会——に付属された養護室。


 清潔で柔らかなベッドが一つ一つカーテンで仕切られた綺麗な空間。そこに僕を座らせると、アストリッドは一段高い椅子に腰を下ろした。


「わ、やっぱりすごいねここのベッド。横になったら一瞬で寝ちゃいそう」

「貴方利用したことがあるの? 奴隷が払うには結構な利用料だと思ったのだけれど」

「うん、シスターさんが特別にって!」

「……そう、あの子供好きに何もされていないことを祈るわ」


 よく分からない事を呟くアストリッド。何かって何。

 彼女は「はぁ」と軽くため息を吐いた。


「やっぱり気軽に二人きりになれないとこの先不便ね。私から支援も渡しにくくなる。丁度良いからまずはそこから始めましょうか」


 そうアストリッドは優雅な笑みを浮かべ——言った。


「アサヒ——貴方は一月で骸士に昇格しなさい」


 ……骸士って何?



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