第7話 フットワーク軽い
「……お前、なんでそんなニコニコしてんだよ」
「んん? なにが?」
昼食の時間。
ダンジョンから死に戻りした僕は、ようやく起きてきたねぼすけなレア達とテーブルを囲んでいた。最初は気まずそうな顔をしていた彼女達だったけど、僕が気にせず固いパンを食べ出すと普通に喋ってくれるようになって良かった。レアにしおらしい顔は似合わない。
今ではもうほら、何でか分からないけどちょっと怒ってる。
「何がじゃねーよ水桶で顔見てみろ。まさかダンジョンで稼げたのか? 小銭じゃなくて?」
「ううん、死んだよ。ミミックに食べられた」
「そ、そうか……」
「あ、引いてる? わかるわかる。ミミックに食べられてる時ってすごい痛そうだよね。でもあれって逃げようとして足から食べられるから痛いだけで、最初から頭齧られたら案外平気、」
「誰がミミック談義しようっつったよ!? 誰も聞きたくねーんだよそんな豆知識! どうせならミミック見分ける方法でも考えろ!」
……そんなのあったらローグは要らないんだよなぁ。
レアは思いっきり嘆息すると、ものすごく呆れた目で僕を見てきた。
「……たく、お前といるとホント調子狂うぜ。で、実際何がそんなに嬉しかったんだ」
「ああ、うん。スキル覚えたんだ。スラスト」
「へースキル覚え————スキル覚えたぁ!?」
レアが大きな声で叫ぶ。いやレアだけじゃなくてログも驚いていた。
彼女はテーブルに乗り出す勢いで僕に食ってかかる。
「ど、どどどういうことだお前! ス、スス、スキル覚えたってお前!」
「スキル覚えたんだ、スラスト!」
「いやもう一度言ってどうすんだ何一つ情報増えてねーよ! というかそれ近接職のスキル……まさかお前ウォーリアに!?」
「多分違うよ。そうじゃなくて……んん?」
あれ、何だろう。なんて言えばいいんだろう。
というかこれ言ってもいいのかな。勝手に言い触らしたら不味いのかも。それに僕自身説明できるほど知らないし。
「うん、よくわかんないけど覚えたよ!」
「はぁ!?」
「それより聞いて、僕初めてゴブリン倒せたんだよ! スキルを使ってもそうだけど使わなくても倒せたんだ! 剣を斬り結ぶってすごいね、相手の感情が直接伝わってくるようで滅茶苦茶緊張した。レアは毎日こんなことしてたんだね、すごいよ」
「そ、そうか……」
少し気恥ずかしそうに意気を落とすレア。
彼女はなぜか安心したようにホッと息を吐いた。
「でもそうか、スキルを……オレ達のパーティーから追い出されて嬉しかった訳じゃなかったんだな……」
「何言ってんの、そんな訳ないでしょ。というか追い出した側が言う事なのそれ」
レアってたまに馬鹿になるよね。
「悪い悪い、けど良かったじゃねーか。ほら、お祝いとお詫びにオレの固いパンやるよ」
「駄目だよちゃんと食べないと。レアはこれから探索なんだから力つけないとでしょ」
「そう言いながらなんだその手は。おい取れねービクともしねーぞ返す気全くねーだろお前! スキル覚えたってのはマジみてーだな、こんなことで実感したくなかったけどよ!」
「やるっつってんだろ」とレアが呆れがちに手を離した。
やった、パンが一つ増えた。貰えるものは貰っとかないと。
「ハハ、でもあれだな、アサヒがスキル覚えたってことはまた俺達と一緒にパーティー組めるじゃん。そうだろ?」
「……いや、そんな単純じゃねーよ」
苦笑しながら成り行きを見守っていたログの言葉に、レアが眉根を寄せる。
「もう3人目のメンバーは見つけてんだ。話も通してある」
「そんなのやっぱごめんでいいだろ。スキルを覚えた以上、俺はアサヒの方がいいと思うぜ。気心もスタイルも色々知ってるしよ」
「だからそう単純じゃねーって言ってんだろ。向こうの派閥に頭下げて借りたメンバーに、やっぱいらねーって突き返せるか。んなことしたらこっちの信用ガタ落ちだ」
「いや、でもよ……」
「もう具体的な人選も決まってる。あいつだ」
そう言ってレアが顎をしゃくって見せた先には、僕たちと同じように食事をしている女の子がいた。柔らかいパンと小皿にシチュー。いいなぁ、稼いでるなぁ。
あと、ちょっと可愛くて胸が大きい。
「ヒーラーだ。オレ達がずっと欲しいと思ってた天職だ」
「いや、だからって……」
ログが言葉に詰まると、その子は視線に気付いたのかこっちを向いた。そして控えめに微笑むと顔の横で小さく手を振る。
「……悪いアサヒ、やっぱケジメは必要だわ。俺はこれからハーレム王としてここで生きて、」
「死ね」
光の速さで手の平を返したログにレアが本気の一撃を放つ。白目剥いちゃった。もう駄目だねこれ。
「いいよいいよ、気にしないで。奴隷には奴隷のルールがあるのは当然だよ。レアは頭として面倒を見てる子も多いし、こんなことで他の派閥と揉めたら不味いよ」
「……アサヒ。お前、結構見てたんだな」
「酷いこと言う」
そんなに普段の僕は能天気に見えてたかな。これでも産まれた時からここにいるんだよ。
レアが子供達の頭として、他の派閥に舐められまいと必死に振る舞ってきたことも知っている。今でこそ男勝りな言葉遣いをしているけれど、最初は確か「私」だった。
……言うとプレッシャーになるだろうから言わなかったけどね。
彼女は少し嬉しそうに笑みを浮かべた。
「分かってくれて助かる。悪いな……戻してやれなくて」
「大丈夫だよ。最初から期待してないから」
「それはそれで腹立つけどな。いやこれも追い出したオレが言えた義理じゃねーけどよ……」
そう言ったあと、レアが突然唸りだした。
あーとかうーとか彼女らしくない。いつもはスパッと言いたいことを言うのに。
「なに、どうしたの。お腹空いた? 返さないよ」
「ちげーよそしてその時は返せよ馬鹿。そうじゃなくて……その、お前……も、戻りたいか……?」
「なにに?」
「流れで気付けよパーティーだよ! 戻りたいかって聞いてんだこっちは!」
顔を真っ赤にして憤る彼女。けれどその視線は僕から気まずそうに逸らされていた。言動はともかくまるで普通の女の子みたい。
「その、お前がどうしても戻りたいって言うなら……ちょっとくらい無理を通しても、」
「——何の騒ぎだろう」
飯場が急にざわついた雰囲気——いや、逆に静まり返っている。
都市の役人がやってきた時と同等かそれ以上の緊張感。飯場でこんな空気になったことなんて一度もない。
「——顔伏せろ」
レアの鋭い一言に僕は即座に従った。
「……お貴族様だ、間違いねぇ。キレーな服着てやがる」
「——貴族」
「クソ、なんだってこんな肥溜めに貴族が。おい絶対顔上げんじゃねーぞ、目が合ったら無礼討ちで殺されちまう」
その言葉はきっと冗談ではない。外を知っているレアや他の奴隷達が軒並み口をつぐみ、横を見れば僕と同じように顔を伏せている人が沢山いた。それが何よりの証明だった。
ここは素直にそうした方がいい。それが一番無難に終わる。貴族というのは僕たち奴隷からすれば嵐のような存在で、ひたすら通り過ぎるのを祈るだけの、いわば天災なのだから。
でも僕は顔を上げた。奴隷達の饐えた臭いに混ざって、あの清らかで冷たい匂いがした気がしたから。
そこには思った通り——彼女がいた。
「——アストリッド様っ!」
僕がそう叫んだ瞬間——飯場が完全に無音になった。
時折聞こえてきた蚊の鳴くようなひそひそとした話し声も、小皿に木製スプーンが震えて当たる音も、何もかも。
瞬間——爆発。
「はぁぁぁぁぁああああああああッ!?」
阿鼻叫喚に異口同音。
レアも含めた奴隷全員の叫びがこの場に響いた。
……うーん、うるさい。




