第24話 最初の獲物
奴隷のガキを一回殺せば手もとに一万G――破格の仕事だ。
情報屋からその情報をオマケとして伝えられた時は何の冗談かとも思ったが、今は全く疑っていない。
その情報は今や広く知れ渡り、地上……一般の探索者ですら動いているからだ。これ以上の信憑性はないだろう。
「くく、ちょろい仕事だぜ」
「おいおい、油断すんなよ。ハウンドはそのガキにヤラれたって話だぜ? 3対1で返り討ちだとよ」
「あり得ねぇな、それこそ信憑性がねぇ。どうせハウンドの奴らの情報工作だろ、より多くガキを殺したいからライバル減らそうとしてんだ」
「はは、確かに奴らのやりそうな手口だ。ま、あのガキに返り討ちに合う間抜けはいねーか。そいつはよっぽどヘボだぜ」
相棒からの返しに思わずニヤリと笑う。
……懸賞金にかけられたのは、俺達の間ではちょっとした有名人だった。良い意味ではない。
俺が奴隷になる前からいたかなりの古株。恐らく奴隷同士がこさえた生まれついての奴隷。そして無職——“無能”。
天職を授かれなかった癖にいつまでもダンジョン奴隷として居続ける哀れなヤツで、その境遇に同情する者も一定数いるが……俺は嫌いだった。
……何が楽しいんだか、いつもヘラヘラ能天気なのが気に入らねぇんだよ。
こいつは日頃の鬱憤を晴らす絶好の機会。いわば免罪符。それで一万、相棒と分けても五千Gとは笑いが止まらない。
貴族のパトロンが付いたという噂があって、それを理由に尻込みしている奴らもいるが、それが何てことない事実なのを俺は知っている。飯場で直接見ているからだ。
貴族は若い女だった。たまに無知な若い奴隷を欲しがる物好きが出てくる。あれもそういう類だろう。何がパトロンだ、笑わせる。
しかしかなりの美人だったのは間違いない。クソ、羨ましいなおい、やっぱ嫌いだわあいつ。
「おい……誰かくるぞ」
武僧である相棒が、瞑想で研ぎ澄ませた感覚でいち早くその気配に気付いた。
「例のガキか?」
「分からん、だが一人だ。呼吸が荒いか? それに――小さい」
ビンゴ——間違いない、あのガキだ。
唯一の懸念点……この広いゴブリン迷宮で奴と遭遇できるかどうかが鍵だったが、こうも早く機会が巡ってくるとはついている。大方他の懸賞金狩りに追われて逃げている途中だろう、予想の範囲内だ。
そうして俺と相棒が注視する中——そいつは現れた。
「——来た! 殺せ!」
相棒が全速力で駆ける。俺は遠距離からクロスボウを放った。
ガキはよほど驚いたのかへっぴり腰でボルトを避けると、慌てて元来た道に戻っていった。
「追え!」
「たりめぇだろ!」
ガキを追って相棒が通路の曲がり角に消えていく。俺はそれを見届けると舌打ちしながらクロスボウにボルトをセットした。
「クソ、外したか、まぁいい。袋の鼠だ」
誰かから追われているなら結局はそこが行き止まりになる。他の誰かに狩られてしまうリスクは先行した相棒である程度解消できた。俺は焦る必要がない。
……だが、あのガキの死に顔くらいは拝まねぇとな。
それにあまり遅いと見失ってしまうかもしれない。そいつは笑えない冗談だ。
そう笑いながら角を曲がると——ポーン。
投げられた衣服が俺に向かって飛んできた。思わず両手で受け止めてしまう。
「……は?」
なに、これ。
「うーん、たいしたの持ってな——あ、そういえばもう一人いたね」
「お、お前、なにやってんだ……?」
見れば分かる。分かるけれど脳が理解を拒否した。
衣服を剥がれて素っ裸の相棒。相棒の持ち物を物色しているガキ。一目瞭然にも程がある現状を俺は受け入れられない。
「何って、戦利品の回収だけど」
俺のその混乱をよそに、ガキは何てことないように、むしろ不思議そうに首を傾げ、そう言った。
……イカれている。このガキは間違いなくイカれている。
どこの世界に下着まで剥いで戦利品を漁る奴がいるんだ。俺たちはモンスターか、ゴブリン扱いか。ふざけろ。
「……奴隷服じゃないし、君は服も売れそうだね」
「————ま、待て! 話せば分かる!」
獲物を見定める視線を向けられて頭が冷える。そのおかげで冷静になった。
……駄目だ、勝てねぇ。
遊撃職の俺がモンクを秒殺したであろうガキにこの近距離で勝てるわけがない。しかもいつまで経っても追手がこない。もしかして俺たちを油断させる為にこのガキが仕組んだ罠――だとしたら余計相手にしたらまずい。
「よ、よし分かった、俺達が悪かった、謝ろう。詫びのしるしに何か装備を分けてやる、このレガースとかいいぞ、《軽量化》が付与されている、こいつでどうだ⁉」
「へー、高く売れそうだね」
「ま、待ってろ! すぐに渡してやる!」
……なんとかなった、か?
俺は安心したようにホッと一息吐いて、レガースを外そうと屈んだ。
その瞬間——ドスッ、と。
俺の胸に……剣が突き刺さった。
「——でも、そういうのいいから」
「…………あ、そう」
……結局殺すのかよ。
俺が最後に見た光景は、忌々しいほどいつも通りに、ヘラヘラと笑みを浮かべたガキの顔だった。
◇
「——よいしょ、と」
僕は命乞いをしてきた人の死体から衣服も含めた装備を剥ぐと、全てを自前のガラ袋に押し込んだ。かさ張るものばかりだからもうパンパンになっている。大漁。
「殺されたら全て奪われるんだから、意味ないことはしないで戦えばいいのに」
命乞いが通じるのは対等以上の相手だけ。少なくともやり合えば痛手を負うと思わせなければならない。そういった意味では前までの僕も馬鹿だった。
男の死体をもう一度見る。これは僕の過去の姿だ。探索者同士の殺し合いもひっくるめてダンジョンなのだと、本当の意味では理解していなかった頃の僕。
「よし、行こう」
ダンジョンでは全てが敵。目につく探索者は戦利品を多く持った獲物。
それはそれとして攻略を進めていくのは、大変だけどとてもダンジョンらしかった。
……少し、楽しくなってきたかな。




