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第23話 ダンジョンでは全員敵


 次の日から昨日は前哨戦——とでも呼ぶべき苛烈な“僕狩り”が始まった。


 僕がダンジョンに潜るところまで付いてきたかと思えば、最初に襲ってきたリーパーはその人たちだった、なんてのは序の口。


 ゴブリン迷宮二層までの途中で待ち伏せ、階段前で待ち伏せ、道中見かけた大きな樫の宝箱で待ち伏せ……と、ローグが嫌いになる理由には十分すぎるくらい待ち伏せされた。


 それらは大体ダンジョン奴隷だから倒すことができたけれど、真っ当に襲ってくる人は立派な装備をしている人が多い。一対一ならともかくパーティーを相手にさせられると勝てるものも勝てず……僕は泣く泣く逃げ帰ってくることしかできなかった。


 普通は一回の探索で運が悪くてニ、三回の対人戦闘なのに。これじゃ探索どころじゃないよ。実際二層までしか潜れなかったし。


 それどころか休む暇も、宝箱を開ける楽しみも、モンスターとの純粋な殺し合いもなかった。


 ……つまらない。



「——て、言うことになってるんだ。どう思うテオノーラさん」

「スーハー、スーハー……え? 今何か言いましたかアサヒくん」

「うん、なんでもないよ」


 僕は何も言わなかったことにした。治療に集中してくれている人に話すことではないし。

 背中越しに抱きつかれているからテオノーラの顔は見えない。けれど苦笑しているのは雰囲気で分かった。


「うそうそ、きちんと聞こえていますよ。でもそうですか、だから最近はアサヒくんが毎日来てくれるようになったのですね。誤解しないでほしいのですが、私としては会えて嬉しいですよ」

「うん。本当はこれ使おうと思ったんだけど、いつまで続くか分からないから、まだとっといてるんだ」


 そう言って僕はパンツの中から金色の瓶を取り出した。背中越しにすごい視線を感じる。気のせいかな。


「交換……いえ、予備はまだ作れていない……くっ」

「何の話?」

「なんでもありませんよ。自らの至らなさを嘆いていただけです」


 テオノーラはコホン、と咳をした。


「その判断は正解です。そのポーションはこの程度の傷で使うものではありませんので」

「この程度なんだ」

「この程度ですよ。この程度なら私がいつでも治します」


 テオノーラの指が僕の傷口を撫でる。


 腹部に走る深い刺創。みぞおちの下、内臓をかすめる鈍痛。左肩を覆う裂傷。断ち切られた右腕の筋繊維。


 ……まぁ、まだ動けるからこの程度か。


「テオノーラさんてすごいね。薬も作れるし治療もできるし、シスターの前は何をやっていた人なの?」

「ふふ、私に興味が出てきてしまいましたか?」

「うん。だって薬は錬金術士しか作れないし、治療はヒーラーしか無理でしょ? 前にジョウロの水を切らした時は手から水出してたし、色々おかしいもん」

「私のことをよく観察していて嬉しい限りです。ご褒美にベッドで語って聞かせたいところですが……私でもそれは危ういので止めておきましょう。本当に残念ですが」


 テオノーラのため息が僕の耳にかかる。くすぐったい。


「そうですね、大昔のこと過ぎて記憶も朧気ですが、探索者をやっていた時期が一番長いでしょうか。その頃にメインとしていた迷宮は——地獄」

「……え?」

「ああ、今は呼び方が変わってましたね、確か第零迷宮でしたか。そんな感じのところですよ」

「そんな感じって」


 僕はその名前を聞いたことがないし、マナ板から見れる記録映像にもそのダンジョンに潜っている探索者は一人もいない。


 ……第零? 本当?


「すみません、気にしないで下さい。この呼び名も百年ほど前に聞いて以来ですからね、また変わっているかもしれません」

「百年」

「ええ、私はもっと前に探索者を引退していましたが。けれどアサヒくんが聞きたいのはそんなことではないでしょう?」


 ぐっと、テオノーラの腕が強くなる。


「私が探索者の頃もありましたよ——懸賞金制度」

「そうなの?」

「はい。といっても今ほど洗練されているとは思いませんけどね、魔晶情報端末もありませんでしたし」


 テオノーラは昔を懐かしむように笑った。


「酷いものでしたよ。誰それが気に入らないから殺せだの、あいつの装備が欲しいから殺して奪えだの、そんなのばかりでしたね。それを面と向かって言うのですから大したものですよ、殺し合いに発展したことも少なくありませんし」

「ダンジョンの外で?」

「ダンジョンの外で、です。法律も整備されていないので無法でしたよ」


 それは本当に無法過ぎる。


「かくいう私も懸賞金をかけられたことがありましたか。当時と今では価値が違うでしょうが、一回の殺害で金貨100枚……これって今では幾らになりますか?」

「わかんない」

「そうですね、私も分からないので気にしないことにしましょう」


「興味もありませんし」と、テオノーラは続ける。


「私も今のアサヒくんと似たような状況になりました。ダンジョンに潜れば即座に襲われる所から始まって、待ち伏せの連続。酷い時は複数パーティーの連合集団と連戦する時もありましたね。あれは今思い出しても良い思い出にはできない腹の立つ出来事です」

「それで、テオノーラさんはどうしたの?」


 状況が似ているからか、僕は答えを求めるようにそう聞いた。

 テオノーラは可笑しそうに小さく笑い、言う。


「——殺しました」

「……ん?」

「ですから、片っ端から殺しました、目に付く探索者全てを。そうしたらいつの間にか静かになっていましたよ。単純でしたね」

「……殺したら、静かになった?」


 それは、目から鱗が落ちるような思いだった。

 もう少しテオノーラの話を聞きたくて無意味に言葉を反芻すると、優しく頬を撫でる感触が返ってくる。


「アサヒくん、貴方はダンジョンが楽しいですか」

「楽しいよ」


 僕の即答に、テオノーラは満足そうに頷いた。


「であれば、何も気にする必要はありません。敵か無害かを気にする必要もありません。ダンジョンでは全てが等しく敵であることを、ダンジョン自身が肯定しているのですから」


 そう言って、テオノーラは僕から離れた。

 いつの間にかあれだけあった傷が全て完治している。


 テオノーラは目線が合うように屈むと、最後に僕の頭を撫でた。


「さぁ、頑張ってください。私は会えて嬉しいので歓迎ですが、できれば怪我のないように」

「うん、ありがとうテオノーラさん!」


 大きく手を振って教会から出る。その間も僕はずっと考えていた。


 ……殺した、静かになった、気にしない、ダンジョンは全員敵。


 僕は相手がリーパーか、今は懸賞金狩りか、それとも無害な人かを判断して戦っていた。無害なら戦う必要もないし、それこそ無駄に恨みを買うこともないから。


 ……でも、もしかしたらそれはおかしいのかもしれない。


 つまらない探索がまた楽しくなるように。

 


 とりあえず——やってみよう。



 


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