第18話 検証戦
ゴブリン迷宮3層。一度も足を踏み入れたことのない未踏の地。
浅い階層とそれほど変わらない景色を見ていると、ゴブリン迷宮自体が初心者用だと言われる理由も納得できる。相変わらず薄暗い洞窟なだけだった。
「アイスニードル! アイスニードル!」
「ギュェ!?」「グギャアッ!?」
……魔法、楽しい。
剣先を向けて魔法を放つだけでゴブリンが勝手に倒れていく。初めてスキルを覚えた時ほどの興奮はないけれど、それでも僕を夢中にさせるには十分な感覚だった。
「アイスニードル!」
「グェギィッ!?」
貫通。終わり。楽々過ぎる。
……弓より威力は高いんだね。
ゴブリンの死体を軽く観察する。当たった個所は頭だった。
雑に当たっただけでこのざま。弓だったら頭蓋骨で弾かれていた当たりだ。魔法の威力の高さがうかがえる。
……これならあの大男にも通じたかも?
慣れていない攻撃が格上に通じるとも思えなかったから使わなかったけど、ちょっと後悔した。使っていれば勝てるとまでは言わないまでも傷痕くらいは残せたのに。向こうの攻撃は避けれてたんだから尚更。
これがチャンスを逃したということなのかと思うと更に悔しいけれど……うーん、やっぱどうかな。これまでは見ていてすごいなとしか思わなかったけど、使ってみれば意外と欠点もあったりするし。
……威力と発射速度は弓の上。でも弾速は下だし派手で目立つし、何より継戦能力がお話にならないなぁ。
ルーンソードという魔法の触媒を持ってから、僕はマナというものに少しずつ敏感になっていった。だからこそその致命的なまでの欠点に気付くことができたとも言える。
……マナは体を動かしている。そんで魔法はマナの大喰らい。
使い過ぎれば動けなくなる。魔法の使用はここぞという時までとっておくべきだ。
実戦ではこれまで通り剣での攻撃を主体にするべきだと思う。あとちゃんとした弓を手に入れたらそれも持とう、そうしよう。
……けれどまぁ、今はとりあえず——
「アイスニードル!」「アイスニードル!」「アイスニードル!」「アイスニードル!」「アイスニードルゥ!」
「「「「「——ギャッ!?」」」」」
せっかく覚えた魔法を馴染ませる為に時間を使うべきかな。今は実戦じゃなくて練習だから大丈夫大丈夫!
スキルを覚えた時ほどの興奮は無いって言ったけど、あれやっぱ嘘。
……めっちゃ楽しい!
「お?」
3層でゴブリン相手に魔法を連発していた僕は、道の先にこれまでと一味違う影を見付けて足を止めた。まだ向こうはこっちに気付いていない。
「——ホブゴブリン」
ゴブリン迷宮3層から現れるモンスター。ゴブリンの大人。いや違うかな? 見た目はそうだけど。
結構3層を回っていたけれど初めて見る。ゴブリンのリーダー的な立ち位置なのかもしれない。今も何匹かの影が道の先に蠢いている。
……どうしようかな。
ルーンソードを一度強く持つ。魔法はまだ撃てるけど一、二発が限界かもしれない。まだ自分の限界が読めるほどマナを扱えていないのが何となく悔しい。
僕は遠目から——僕からすれば毛穴まで見える距離からホブゴブリンをもう一度見た。
……大人くらいの背丈。横に長い顔から突き出た牙。油じみた土色の肌。盛り上がった肩。骨片を縫い付けた胸当て。歪んだ鉄の篭手。血の染みついた革ベルト。そして鉄塊を繋いだ鎖槌。
————楽しそう。
「————スラストッ!」
「ゴルァ——!?」
不意打ち。奇襲。
突進の勢いを最大限にして突き出したそれは、ホブゴブリンの肩に綺麗に命中した。全くブレることなく完璧に決まったと言ってもいい。
しかしその突きは、刀身を半ばほど食い込ませて勢いが止まってしまった。
「硬い!」
え、筋肉!? 筋肉すごい! 僕も欲しい!
「ゼィッ!」
筋肉に挟まれて引き抜けなかったから、僕は仕方なく刃の流れに沿って“引いて抜いた”。勢いのままに体ごと後退する。
片腕をプランとさせながら睨むホブゴブリンに、僕は言った。
「やっぱり強そうな敵と戦うのも、ダンジョンの楽しみの一つだよね」
負けても必ず生き返るのだから、戦わないと勿体ない。
いや待って。死んだら武器とか無くなっちゃう。支給品しか持ってきたことないから気にしたことなかったよ。
……負けられなくなってしまった。
「ゴルルルルルァァァアアアッ!」
大音声。ビリビリとした空気が洞窟に伝播する。
そしてホブゴブリンは片腕だけで鎖槌を振り回し——投擲。
単調過ぎる攻撃だから非常に避けやすい。武器が僕の身長に比して半分ほどもあろうが関係ない。当たらなければどうということはないのだから。
「ギィィィア!」
「邪魔」
僕が避けた隙を狙った——と思っている取り巻き角ゴブリンの首を刎ねる。ルーンソードは切れ味がいいからこういうとき楽。
……でもこの切れ味を持ったスラストでもあの程度なんだよね。
片腕は潰した。でもまだくっついている。支給品の錆びた剣だったら文字通り刃が立たなかっただろう。
……普通に斬ってもきっと効かない……なら。
「アイスニードル」
僕はまた僕の隙を突いたつもりでいる取り巻きゴブリン——アーチャーに向けて魔法を放った。
弓矢と魔法が空中で衝突し——押し切る。それは多少の威力を落としながらもゴブリンのお腹に突き刺さった。
「グェェッ!?」
致命傷。行動不能。もうあのゴブリンは気にしなくていい。
けれど、
「うーわ……っ」
——マナ切れ。
いや、まだ魔法は放てる。だからホブゴブリンじゃなくてゴブリンアーチャーを先に殺した。その判断は今も間違いないと思っているけど、やり方は失敗だったと断言できる。
……体重い。耳がキンキンする。気持ち悪い。
まだマナ切れじゃないのにこの有様。魔法使いが頻繁に休憩を挟みたがる訳がわかった気がする。
「グゴゴゴ!」
ホブゴブリンが醜悪に顔を歪ませた。僕の調子が悪くなったことを察したのかもしれない。
彼は鎖槌を手元に引き戻すことなく、最長のまま大きく回転した。
不規則に荒れる鉄塊。壁を削り地面を抉り、取り巻きを巻き込んでも尚止まらない。
——嵐。
大して広くもない部屋を蹂躙する様は、もうそうとしか表現できなかった。
「ゴォォオルァアアアア!!」
ホブゴブリンが遠心力に任せて突撃してくる。その顔は勝利を確信した歓喜で染まっていた。
マナ切れの辛さに切り札を安易に切る危険。色々教えてもらった戦いでお礼を言いたいくらいだけど、よく分からないなぁ。
……なんでもう、勝った気でいるの?
「悪いけど、負けはないかな」
だって、僕の“目”はまだ生きてるから。
「グルァ!?」
地面を滑りながらしゃがんで避ける。最小限に。
そして勢いのままホブゴブリンのお腹に突き刺した。硬くて通らないけれど剣先は食い込んでいる。それで十分。
「アイスニードル」
「————ッ!?」
毎度のように魔法を放つ。ただそれだけ。
それだけで勝手に“ホブゴブリンの体内で生成された”魔法は、彼の内臓をぐちゃぐちゃにかき回した。
そして——射出。
「——ゴルゥギィッ!?」
体の内から破壊の限りを尽くされたホブゴブリンは、口から盛大に吐血して倒れた。僕はその下敷きになる。
……動けない。別の意味で。
ただでさえ辛かったのに更にもう一発撃ったからもっと辛い。これはもう気合どうこうではいかんともし難く……うん、しばらく動けそうにないかな。症状が治まるまではこうしてホブゴブリンの下に隠れてればいいや。
とりあえず、
「重い」




